第四章 7-2


 サールナートは、開祖シャーキヤが初めて教義を定めた場所である。それを信仰の原典として、現在に至るまで幾度となく結集けつじゅうによる編集が成されている。


 ここまで来れば、もう教都クシナガラは目と鼻の先である。街としての機能を教都に依存している部分が多く、また信徒の滞在も限定的であるようで、ブッタガヤほどの賑わいは見受けられなかった。


 レイネリアたちは早々に旅宿の手配を済ませると、街の名所とされる古びた尖塔へとやって来た。そこは半ば遺跡化しており、起源は教国が独立するよりも古く、旧皇国時代にまで遡るという。


 内部には歴史を感じさせる意匠が施されていたが、それらを通り過ぎてある一角を目指す。この尖塔には聖地ならではの…いや、聖地として際立たせるものが存在しているのだ。


 皆、考えることは同じようで、既に大勢の信徒により人集ひとだかりが出来ていた。どうやら菩提樹の時とは違い、行儀良く列を作ってはいないようだ。彼女たちはその後方へと近寄ると、信徒にならい視線を上げて一際大きな柱頭を眺めた。


 それは四人の人物が背中合わせに並ぶ胸像であった。随所でひび割れや剥離が見られたが、髪の長さや胸の膨らみから女性であることが分かる。流石さすがにこの位置からでは細かい相貌そうぼうまでは判然としないが、その神々しい姿は慈愛に満ち溢れており、見る者に畏敬の念を抱かさずには要られなかった。


 見上げる信徒の目からは涙が零れ落ち、中にはひざまずく者さえいた。隣に立つシータの瞳も潤んでおり、ラーマもまた神妙な面持ちで佇んでいる。それも無理からぬことであった。この胸像がかたどるもの、それは天人地姫に他ならないからだ。


 一説には、これが天人地姫を主題とした最古の美術品なのだという。帝国の建国後、焚書坑儒ふんしょこうじゅとともに旧皇国時代を彷彿とさせる構造物の多くが破却、または修繕されずに朽ち果てており、現代にまで原型を留める数少ない文化遺産でもあった。


「四人の胸像は過去の天人地姫の御姿を映したものなんだそうです」


 目的の柱頭を拝んだ一行は、尖塔を後にすると軽く買い物を済ませ、旅宿への帰路に就いていた。柱頭を涙ぐみながら見詰め続けていたシータが、その余韻に浸るようにして感嘆の声を漏らした。


 天人地姫がいつから歴史の表舞台に登場したのかは諸説あるが、少なくともシャーキヤにより教義が定められたときには、既に存在していたとされている。それというのも、天人信仰と巫女たる地姫の存在は、文明と共に生まれた原始宗教が母体であり、教義もまたそれを発展させたものと考えられているからだ。


 流石さすがに胸像の完成と教義の成立が同時期ということはないだろうが、いずれにしても遥か古のことであり、現代からすれば大差のないことでもあった。


「なーんだ、そうだったんスか。てっきり、昔は四人もいたのかと思ったッス」


 ラーマの素朴な感想に彼女は吹き出してしまう。別に馬鹿にした訳ではない。自分も同じことを考えて、すぐに一蹴いっしゅうしたものであったからだ。ミストリアのような存在が四人もいたら、幾ら何でもヌーナ大陸が保たないだろう。


 シータはおそれ多いことであると、ラーマの頭を無理やり下げさせて謝罪の言葉を口にする。彼は抵抗を試みようとするも、呆気なくその腕に敷かれて従わされていた。


 この二人は本当に素敵なつがいだ。絶対に幸せになってほしい。教都クシナガラに向けて、決意を新たにして顔をほころばせる彼女に、つられるように二人もまた頬を緩める。


 やがて、夜の帳が互いを隠しても、三人は変わらず笑い続けていた。ただ一人、表情を歪めるミストリアに気付くこともなく……。

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