第二章 4-2


 ディアテスシャー帝国の歴史は然程さほど古いものではなく、ハナラカシア王国と同時代に建国された国家である。かつてヌーナ大陸は、人類最古の国家とされるネビケスト皇国により統一され、天人てんじんの末裔を称する神皇しんのうがこれを治めてきた。


 しかし、今からおよそ五百年前、当代の神皇しんのうの突然の崩御による混乱に乗じ、佞臣ねいしんたちが好き勝手に皇子を奉戴ほうたいして後継者争いを引き起こしたため、次代が即位されぬままに内乱状態に陥った。


 皇国は大陸を手中に収めた巨大国家であったが、それ故に都市部と辺境部の貧富の格差は激しく、また地方豪族や少数部族などの民族問題も抱えており、やがては大陸全土を巻き込んだ大戦へと発展していった。


 皮肉にも皇国の徽章きしょうである『火』が激しく燃え盛る戦乱の中で、次第に頭角を現していったのが、現在のディアテスシャー帝国とハナラカシア王国であった。もっとも、帝国の建国帝アウグストゥスは、皇国の第一皇子であったとも伝えられており、国号が変更されただけではないかと主張する歴史家もいる。


 しかし、ヌーナ大陸における歴史観では、血統の継続性よりも徳の断絶を重視する傾向にあり、またアウグストゥス自身が新国家の樹立を宣言したことから、帝国の公式見解においても皇国との連続性は否定されている。


 一方、ハナラカシア王国は、皇国の将軍であった太祖たいそヤチホコが大陸南部に建国した国家である。もともと都市機能が発達した北部と食糧や資源などの供給元であった南部とでは、法の下では平等であっても一種の支配構造が確立されており、実態は農奴のうどに近いものであったと考えられている。


 長年に渡り蓄積された民衆の不満が大戦を機に爆発し、ヤチホコ将軍を解放の象徴として奉り上げたというのが、今日における通説となっている。そして、将軍の配下や南部の有力者が、ヤノロム家を含む六大諸侯の祖となったことは既に語られたとおりである。


 また、大陸の北端部では、霊峰タカチホへの巡礼と保全を目的として、旧皇国時代から特別に自治権を認められた宗教都市があった。大戦勃発の折には、歴代の神皇が天人の末裔を僭称せんしょうしてきたと断罪し、周辺部を取り込んで武装蜂起した。これが現在のバラトリプル教国である。


 大戦の最中さなか、これら三国間で軍事同盟が締結されたことにより、神皇の崩御に端を発した戦乱は急速に終結へと向かうことになる。各地では他の皇子や豪族などにより、大小様々な国家が建国されていった。


 一方、旧皇国の後継となる勢力はそのことごとくが駆逐されたと伝えられている。しかし、市井しせいの真偽定かならぬ噂話では、残党の末裔が密かに帝国の地下に隠れ潜み、虎視眈々と復権の機会を狙っているのではないかと囁かれていた。


 大戦の終結後、帝国の焚書坑儒ふんしょこうじゅにより皇国の歴史や文化は破却はきゃくされ、現在ではその殆どが失伝してしまっている。それはあまりにも執拗なものであったらしく、帝国の正統性を顕示けんじする目的があったと考えられているが、後世の歴史家を大いに嘆かせることとなった。


 しかしながら、その後の度重なる戦乱により、皮肉にも各地に建国された国家の大半が帝国に吸収されており、これを皇国への回帰と見る向きもある。


 現在、大陸において独立を保っている国家は、三国同盟を除けば辺境の小国くらいであり、それらは隔絶された地理や民族問題などにより、帝国としても統治は困難かつ必要性は微々であると位置付けられていた。

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