第二章 3
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「まさかとは思うけど…またなんてことはないわよね」
サンドワームと遭遇してから
レイネリアにとってはこれが二度目となる入国であったが、当時とは目的も手段もまるで異なっており、感慨よりも不安の方が大きかった。しかし、それ以上に彼女の胸に去来していたのは、かつて帝国で出会った
今からおよそ一年前、彼女は国使の任を受けた母クラウディアナに付き従い、帝国へ向けて旅をしていた。そのときは王国が手配した特製の馬車で移動したため、帝国領までは三日ほどで着くことが出来た。
生憎と眺望よりも防備を重視したものであり、外の景色を楽しむことは叶わなかったが、帝国領に入ったことだけは直ぐに分かった。それは荒野の終わりに迎えの使者が来ていたからである。
しかし、その光景を見て彼女は驚愕した。それは当主、
帝国の皇女が使者に赴くなど、公設の使節団は勿論、たとえ国王が相手でも考えられぬことである。しかし、皇女は王国側の動揺を意に介さず、案内役として帝都まで随伴することを申し出た。
そして、耳を疑ったのは彼女に
御料車の中は外部と同様に豪華な装飾がされていたが、それほど大きな造りではないため、座席は一列分しか見受けられない。つまり、空いている場所は皇女の脇しかなく、彼女は恐る恐る隣へと腰掛けた。
皇女は満足そうに頷くと、
一瞬、不用心ではないかと考えたが、
しかし、なぜ彼女を同乗させたのか。人質という線も考えられなくはないが、むしろこの状況では危惧すべきは帝国側である。彼女と皇女では人的価値に差があり過ぎるからだ。
「
皇女の話によれば、迎えの使者は本人たっての希望であり、宮中でも反対する意見が多数を占めたそうだ。しかし、最後には押し切る形で皇帝の
皇女とはこれが初対面の筈である。いったい何が皇女を
端的に言えば皇女は
戦場に立つ旗手として
一方、外見こそ
皇女は彼女の一つ下ということもあり、打ち解けるまでにそれほど時間は掛からなかった。彼女は将来的にはウィンダニア王女に仕えることになるため、主従関係となる女性との接し方についても心得ていたからだ。しかし、思いの外、皇女が親密に距離を縮めて…そう、密着してくるため、内心では戸惑いも感じていた。
「親しき者はそなたをレイニーと呼ぶのか。では、妾はニー様と呼ぶことにいたそう」
何やら兄様とも聞こえるため、まるで男性みたいだなと内心では苦笑した。
皇女の真名はサナリエル=トク=ディアテスシャー、ヌーナ大陸で唯一、トクの姓を冠する帝国の皇族である。それは事実上、大陸で並ぶものなき存在であることの証でもあった。
「お
しかし、皇女は露骨に不機嫌な態度を見せてきた。皇女もまた為政者として帝王学を修めている筈だが、今回の型破りな行動といい、
「ニー様が心配することはない。妾に逆らえる者などそうは居らんのでな」
皇女は屈託なく笑うが、彼女は一転して冷ややかな感情を抱いていた。確かに皇女には逆らうことを許さぬ絶対的な権力がある。しかし、それを傘に来て
「親しき間柄にも礼儀がございます。皇女で有らせられるサナリエル様に、国使の従者に過ぎぬ私ごときが礼を失すれば、それは帝国に対する叛意と映るでしょう」
そして、それは格好の口実となる。天人地姫がいる以上、よもや武力衝突という事態には発展し得ないが、長きに渡り覇者として君臨してきた帝国には、国力を削ぐ
彼女の剣幕に少し
「妾のことを親しいと思ってくれるのじゃな。では、これからはサニーと呼んでほしい。お父様やお兄様にもそう呼ばれておるのでな」
もはや彼女は呆れて言葉を失ってしまった。もしも人前でそのようなことを口走ってしまったら、たとえ皇女が許しても臣下から無礼討ちに遭いかねない。
無礼討ちの厄介な点は、臣下としては来たるべきときに実行に移さねば、後に不忠として処断される可能性があることだ。貴き身分の者には、その言動が下々の道を狂わすことのないように、
皇女の好意を
その後、
当初はその傍若無人さに辟易した彼女であったが、時が経つに連れて次第に順応してきたこともあり、帝都が近付く頃には友人、或いは不敬ながらも手の掛かる妹のように思い始めていた。
しかし、決して皇女をサニーと呼ぶことはしなかった。皇女もまたそれを気にしていたのか、ニー様と呼ばれることもなかった。如何に距離が縮まろうとも、心を通わせた気になろうとも、歴然とした身分の差が二人の間には存在しており、それを崩してはならなかったのである。
そして、そろそろ王都が恋しくなり始めた頃、
やがて、
最初、そこに居た人物が誰なのか分からなかった。いや、疑う余地などないのだが、これまで供をしてきた人物とは思えなかった。
「久方ぶりの善き時間であった。レイネリア殿には妾の道楽に付き合わせてすまぬことをした。数々の
これまでの暗愚な無邪気さは何処へと消え、その表情は曇りなき
「私のような下賤な者に供を許して頂き感謝申し上げます。サナリエル様の御心に気付かず、己の不明を恥じる
彼女の謝辞に皇女が
「次に逢うときはサニーとお呼びくださいね、ニー様」
結局、帝都滞在中に皇女と顔を会わすことはなく、やがて国使の任を
皇女の艶めかしい唇が彼女の耳に触れた瞬間、それは背筋が凍り付くような、それでいて甘美さに身悶えするような、筆舌に尽くしがたい感覚に襲われた。そして、それは思い出す度に彼女の身を
忍び寄る煩悩を振り払い、視線を荒野の先へと戻したとき、ようやく風景に変化が生じてきた。それは一週間にも及ぶ荒野の踏破を告げる福音であり、前方には帝国への入領を雄弁に物語る巨大な要塞が
そして、その地には
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