美少女はじめました
針山田
第1話 迷える子羊
ここは、日本の、とある市。
この街では、お年寄りよりも若者の数の方が多い。それもこの街が第二の東京などと呼ばれ、都心部へ行けば、流行にのったお店などが集まってきたりするからだろう。
そんな街に住む高校生、
「疲れた……」
もはや日課になりかけている、帰り道の、このつぶやき。
しかし、学校でも仕事でも、それが終わって家に着くまでには、みんなもきっとこの言葉を吐き出しているはずだ。そう思う。
「……?」
ふと前を見てみれば、腰の曲がったおばあさんが一人。
お年寄りよりも少年少女の方が多いといえど、都心から離れた、優也の住む家がある住宅地では若者の数はずっと減ってしまう。
そのおばあさんの足もとには、いくつかのリンゴが転がっていた。それを拾おうとするも、腕に抱いた紙袋からリンゴがポロリ。どうしたらいいものかと困った様子だ。
こういう状況に出くわすと、たいていの人はその方向へ足を向けるはずだ。
もちろん優也も一歩踏み出した。しかしその足はそこからピタリとも動かなくなる。当然、優也自身がそれを望んだからである。
「…………」
ためらったのである。
人助けに何をためらうことがある、と思うかもしれない。
しかし優也は考える。人助けは、本当の意味でその人のためなのか、と。
「大丈夫ですか?」
「おぉ……。ありがとねぇ……」
そんな間にも、心優しい女子学生が、落ちたリンゴを拾っておばあさんに手渡していた。さらには、リンゴの入った紙袋を受け取ると、並んで歩き出す。どうやら家まで送り届けるらしい。
「……帰るか」
横を通り過ぎていく二人を見届けると、優也の足は自宅へ向かって歩き出した。
市内の高校に通う石崎優也は、実家暮らしをしている。
寮で一人暮らしという選択肢もあった。その方が学校までの距離も近いし、朝食夕食をサービスしてくれるなど利点も多かった。が、実家という選択肢を選んだのには、やはり住み慣れた安心感があるからなのだろう。
なにより、優也が住む石崎家は、実質一人暮らしと変わりないのである。
両親共働きである優也の父親と母親は、二人とも街から離れた会社に勤めている。しかも両者とも夜遅くまで働いているため、家に帰るよりは会社に泊まったりホテルを借りたりなどした方が負担が少ないのだとか。
一年間で二人が帰ってくる日など、お盆と年末年始くらいじゃないだろうか。だから、もう半年近く両親の顔を見ていない。
しかし不思議と寂しいと思ったことはない。なにせ、ずいぶんと昔からのことだから慣れてしまっている。
なにより、二人とも健全なのだから。会おうと思えば、いつだって会える。
「ただいまー」
………………………………………………。
「…………」
ただし、この瞬間が寂しく思えてしまうのは仕方のないことだと思う。
靴を脱ぎ、二階にある自室へと入って、カバンを置く。再び一階へと降りると、コップにお茶をそそいで、リビングにあるテレビをつける。
これが、晩ご飯までの、いつもの優也の過ごし方である。
「?」
その途中、自室を出て、階段を降りている時に、優也は足を止めた。何か、リビングの方から物音が聞こえた気がしたのである。
「…………」
ガタッ、と。
静かに耳を澄ましてみれば、鮮明に音が聞こえてきた。
ネズミにしては音が大きすぎる。先の挨拶で返事がなかったことを踏まえれば、母親か父親が帰ってきているという可能性も低い。かといって、この家には犬猫などのペットは飼っていない。
(泥棒か……?)
両親のとき同様、その可能性もゼロに近いだろう。家に誰かが帰ってきて、未だに荒らしを働いている間抜けな泥棒がいるとも考えにくい。
ならばいったい……?
そんな疑問が頭を支配し、優也は確かめずにはいられなくなってしまう。
「…………」
固唾を呑んで、優也はリビングへのドアノブを回した。
ドアを開け、とりあえずは隙間から顔をのぞかせる。しかし見える範囲に目立った変化はない。
「気にしすぎか……」
やはり、ネズミか何かの生き物だったのだろう。
そう結論づけて、リビングに入り、
「…………あ?」
本日何度目だろうか、優也の足は止まった。
ここで、簡単に部屋の間取りを説明しておけば、この部屋はリビングとダイニングとキッチンが一体型となったものだ。そして、優也が今立っているところは、リビングとダイニングの間ほど。先ほど顔をのぞかせた時はリビングしか見えなかったが、今は、首を左にやればダイニングとキッチンを見ることができる。
石崎家のキッチンはダイニング部にあたる部屋との間にキッチンカウンターが設置されているのだが、その向こう側に人が立っていた。
栗色の髪を肩まで伸ばし、左側の髪の一部をひまわりをあしらったヘアゴムでミサンガに結った少女。瞳の色は髪と同じ茶で、幼さの残る顔立ちをしている。
そんな少女と目が合ってしまう。
「あ、こんにちわ!」
「ああ、こんにち……って違うだろ! お前誰だよ!てかここでなにしてる⁉︎」
「なにって、食料を少し……ね?」
「食料?」
少女の陰をのぞき見れば、冷蔵庫のドアが開かれていた。さらには、中にあったはずのいくらかの食べ物が消えている。
どうやら先の物音は、彼女が冷蔵庫の中を物色する時の音だったらしい。
「泥棒……? 警察に……」
「ちょ、ちょっと待って!」
緊急電話を掛けようとスマホを取り出したところ、慌てた様子で少女に呼び止められた。
「んだ? 事情なら俺じゃなく警察に……」
「わたしはドロボーじゃないんだよ?」
「は?」
この後に及んでなにを言うか。無断で人の家に上がり込んで、部屋を物色すれば、それは立派な泥棒だろう。
そう指摘してやろうと口を開いた瞬間、少女は恥じらうこともなく堂々と宣言してみせた。
「わたしはドロボーじゃなくて、迷える子羊なんだよ!」
「あ、もしもし警察ですか?」
「迷いないっ⁉︎」
問答無用で110をダイヤルした。
【はい。こちら警察です】
実を言えば、向こう側と繋がったのは今さっきだ。優也が言ってみせた言葉は、いわば少女を驚かせるための演技である。
【事件ですか? 事故ですか?】
「こうなったら……、奥の手だよ……!」
まさか銃とかナイフとかの武器を出すつもりじゃないだろうな、と。優也は電話の応答を忘れて固唾を呑む。
「さらば!」
「なっ⁉︎ まて……っ‼︎」
おそらく侵入路であったのだろう窓から外へと逃げ出した少女。とっさの判断で手を伸ばすも、あと少しのところで彼女に届かなかった。
【…………か。…………か】
どこからか声が聞こえてきて、肩を落としていた優也は、警察へ電話していたことを思い出した。
【どうかされましたか?】
「あ、いえ……」
【そうですか。それで、事件ですか? それとも……】
「えっと、あの……、間違えてかけちゃったみたいで……」
【……そうでしたか。何か問題があったわけじゃなかったのはよかったですが、今後、このようなことがないように気をつけてくださいね。本当に緊急電話が必要な方の迷惑となりますので。二度とこういうことがないようによろしくお願いします】
「はい、すいません……。これからは気をつけます……」
なんで俺が怒られてんだ?
そう苛立ちを感じずにはいられない優也であった。
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