03
不承不承ながら緑茶二杯分の料金を支払った。
「まいどあり!」
金髪少女は料金を受け取ったあと真顔に戻った。
「本当に帰っちゃうんですか?」
帰りたい気持ちに変わりはないが、さすがに一方的に見切りをつけるのは冷ややかすぎるだろうか。せめて事情を聞いてみるべきか。
「まあ、何も聞かずに帰るのもな。君はバイトだろ? オーナーは外出中か?」
「いえ、私が店主ですが」
「え? いやいや、君どう見ても高校生くらいだよね?」
「むむ……」
「え、本当に? 君がここのオーナーなの?」
「そうですよ!」
「だって君、どう見たって高校生くらいだよね?」
「むむむぅ……。私、20
「…………」
いや、そう言われたら年相応に見えるわ! なんてリアクションの取りづらい答えなんだ……。
彼女はどこの国の生まれなのかは知らないが、明らかに日本人ではない容姿。年齢から考えれば留学生として日本に来たように思えるが、そうなるとここでカフェを営んでいるというのはおかしな話だ。
「留学生、ではないのか?」
「違います。こんな見た目してますけど、ほぼ日本育ち、日本人です。サムライです」
「いや日本人そんなふうに言う?」
なんだか胡散臭いぞ、こいつ。
「とりあえず、話をしよう。この店についてはもちろんだが、まずは君について教えてくれ」
「わかりました。私の名前は、リナ・エーヴリーっていいます」
リナのヒストリーが語られる。
リナはイギリス人であるが、両親が日本で仕事をしているためリナ自身が育った環境は完全に日本だった。家族間でも日本語を使って話していたため、英会話能力については平均的な日本人のそれと大差ないらしい。
俺の姉、的場桂花とは高校時代に出会った。当時、桂花はリナの高校で英語を教えていたのだ。イギリス人の容姿のせいでネイティブと間違われたことがきっかけで桂花と親しくなったという。
高校卒業後の進路について悩んでいたところ、両親から「リナの好きなことをやりなさい」と言われ、自分の好きなこととは何かを考えるようになった。リナは修学旅行で訪れた京都で感じた「和」の文化がとても気に入っていた。そこで、「和」の良さを多くの人と共感、共有したいと思い、和食屋を経営しようと決めた。
料理の心得など持ち合わせていなかったため、調理師専門学校へと進学した。しかし、学校では和食以外についても勉強を強いられたため中退。自分で店を開くことにした。
開業するための場所を探していたところ、閉店して貸家となっている喫茶店を見つけ、すぐに借りた。実は自分には料理のセンスがあまりないように感じていたため、せっかくなので喫茶店を始めようと決めた。飲み物メインであればなんとかなるだろうという安易な考えだった。さらにここに「和」のテイストを取り入れれば「外国人が営む和風カフェ」という謳い文句で客を呼べると踏んだのだ。
フードメニューに和食がひとつも存在しないのは、「難しいから」だという。
結果、とりあえず「和」の雰囲気を出そうといろいろな飾りを施しただけの奇妙な空間が生まれてしまったのだ。
以上が現状に至るまでのざっくりとした説明だ。
「ちなみに、リナは漢字で『理解』の『理』、『名前』の『名』って書きます!」
「なぜその情報を最後に持ってくる?」
考え方と行動がストレートすぎる。思ったことは即実行。後先を考えない未熟さ。若さゆえの過ち。
だが、その自由さが少し羨ましく思えた。型にはまらない生き方というのが自分にはとても縁遠いものに感じていたからだ。
俺は社会のレールから逸れることがたまらなく怖かった。ついに勢いで仕事を辞めたが、それが自由のための大きな一歩だと信じていた。蓋を開けてみれば、不自由に陥っていた。社会人という枠から脱線した感覚が気持ち悪かった。自分にはもっと向いている仕事があるはずだ、とか。自分にはもっと優れた才能が眠っているはずだ、とか。そんなふうに思うのは勝手だが、せめてその向いている仕事が何なのかを明らかにしてから進め。せめて眠った才能を叩き起こしてから進め。過去の自分にそう吐き捨ててやりたい。
「太堂さん、本当に帰っちゃうんですか? 私、できることならこのお店をなんとかしたいです!」
「思いつきだけで行き詰まったこの店をか?」
なんて酷い言い方だろう。だが、訂正はしなかった。
「はい! たしかに思いつきだけで始めてしまったけど、お客さんが『ごちそうさま』って言って帰っていく後ろ姿を見送るのがとっても好きなんです!」
「だったらどこかで雇ってもらえばいい。この店を続けるよりは遥かにリスクは低いはずだ」
また意地の悪いことを言っている。たぶん俺はリナの自由さに嫉妬しているのだろう。
「そうかも知れません。でも、両親からは『好きなことをやれ』の他にもうひとつ言われたことがあるんです」
「……なんだよ」
「『あきらめるな、投げ出すな』って!」
「はあ……」
溜息が出た。
こいつは自分の意志が真っ直ぐすぎる。損得勘定ではなく、自分がどうしたいかという気持ちに忠実なのだ。言ってしまえば、純粋なのだ。
「わかった。やるよ」
「え?」
「マネージャー、やるよ」
「本当ですか!?」
「ああ」
俺に足りないものをリナ・エーヴリーは持っている。あるいは、俺が失ったものを彼女は持ち続けている。
ここで新たなスタートを切ることが自分にとって大きな意味を持つような気がしたきたのだ。
ドラマティックでもロマンティックでもないが、こんな始まり方でも俺の人生は変わる予感がした。それが良いものか悪いものかはまだわからない。だが、このままニートとして腐っていくよりは遥かにリスクは低いはずだ。ということにしておこう。
「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
「それじゃあ、早速ですけど今日はどうしましょうか?」
「そうだな……」
数秒の間、顎に手を当てて考える。
「よし、決めた」
「はい、なんでしょうか!」
「脱げ」
「ひええっ!?」
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