しかくけい
泡盛もろみ
第1話 しかくけい
「『しかくけい』って話考えたんだけど。」
「は?」
ここは秩父高専の敷地内にある図書館棟の2階、ドアプレートに資料室と書かれた部屋。文芸部の活動中。室内には部員の女子生徒が3人、男子生徒が1人。毎週水曜日の放課後に集まり、部誌打ち合わせや雑談をしている。
資料室とはあるが、室内にはコピー機とホワイトボード、長机にパイプ椅子それにゴミ箱が置かれているだけで書籍や本棚等は置かれていない。先代文芸部が何かやらかしたために隔離部屋にされたと噂されている。室内飲食禁止の張り紙がでかでかと貼られ「特にメントスとコーラは絶対禁止」と追記されているあたり、噂の信憑性は高い。
「『しかくけい』って話を考えたの。」
情報工学科2年の大原ゆいは先ほど呆れ声で返された発言を繰り返す。
「それは聞いた。で?どういう内容なの?四角形?」
心底呆れながらも一応相手をしているのが清長ひな。ゆいとは同じ情報工学科2年のクラスメイトで、もう一年半の付き合いになる。
「いろんな”しかく”が出てきて、なんかこう、わちゃっと騒がしい感じの話!」
ひなの呆れた対応に慣れているゆいは構わずに続ける。しかし発言がふわっとしていて何も伝わらない。
「いろんな”しかく”って何よ?正方形とか長方形?ひし形とか平行四辺形があつまってわちゃっと…積まれて消える?」
ひなが有名落ちものゲームを想像しながら言う。
「またゆいちゃんのタイトル持ち込み?資格試験のことかもしれないよ。いろんな資格をもった人たちが集まって、困難をクリアしていくような?」
ひなのふざけた返しに、対面に座る藤堂めぐりも会話に参加する。めぐりは建築学科の4年生で文芸部の部長だ。
「あ、それもいいかも!でも違くて、刺客だよ、刺客。暗殺とかする人。お互いにお互いが刺客だとはしらないんだけど、もしかしたらの疑心暗鬼で探りあいとか勘違いとか、噛み合わない会話とかを面白おかしく書くの。漢字で書くと『刺客系』。ゆるくひらがな。」
ゆいがノートに鉛筆で書いてみせながら言う。
「なんか物騒な集まりね。ていうか会話劇って難しくない?セリフばっかり並べるわけにもいかないし。キャラ付けのために方言とか口調、語尾に特徴つけないとどのセリフが誰の発言だかわからなくなりそう。たまにあるのよね、そういうの。ゆいに書けるの?」
「うーん、わかんない。タイトルを可愛くすることだけ考えてて中身は全然おもいついてない。」
「ゆいちゃんらしいね」
ゆいは部誌掲載作品にたびたびタイトルだけを考えた話を持ち込んでくるが、その話を書いた試しはない。
「ひなちゃん!『うん☆ちん』ってどうかな!今流行りのひらがな4文字!」
「シモかよ!」
「え?」
「え?」
「バスの運賃支払いをめぐった人間関係のつもりだったんだけど...ひなちゃん...」
「私が悪いんかい!」
といった具合に、毎度ちょっとした雑談のタネになって終わる。
「でも、タイトルだけでも面白そうな話をいくつも思いつけるゆいちゃんが羨ましいよ。ぼくはそういう発想は苦手だから。」
そう言うのは女子同士のやりとりを微笑ましくみていた文芸部唯一の男性部員、西村ゆうき。物質工学科の3年生。中性的な顔立ちをしており、寮生の先輩によく女装をさせられているかわいい系男子だ。
「ゆきちゃん先輩みたいに恋愛小説じっくり書ける方が羨ましいよ。人間模様とか心理とかそういうの私には無理ー。そもそも恋愛とかしたことないしー。彼氏ほしいー。」
「ぼくだって彼氏ができたのはつい最近だし、ゆいちゃんもこれからだよ。高専は女子の方が珍しいんだから選り取り見取りじゃない?」
「えーっ。高専生はお断りだなー。」
そんな会話をしていると、ひなの携帯がバイブレーションを鳴らした。
「あ、私そろそろバイトなので帰ります。」
ひなは高専付近の本屋でアルバイトをしている。文芸部の活動はだいたいいつもその時間にあわせてお開きとなる。
「じゃあ今日はここまでにしましょうか。部誌の次号の内容もだいたい決まったし、来週までにある程度書いてくると言うことで。」
めぐりの言葉で各自支度をし、部屋を出る。
文芸部の主な活動は月一回の部誌発行。それも長年の積み重ねで作業方針が確立しているので今更決めることも少なく、執筆も各自家で行うので学内活動はゆるゆると雑談が多い。本当は毎週集まる必要もないのだが、この空間、このメンバーが気に入っていてつい集まってしまう。高専は男子比率が9割超で、女子が複数集まるこの空間は貴重なのだ。
「ひな、最近彼氏できたらしいですよ。本屋のバイトで知り合ったって。」
「ひなちゃんやるねぇー。私もバイトしようかな、今からでも。」
駅に向かう道のりを自転車で並走しながら、ゆいとめぐりが女子トークで盛り上がっている。
「それにしてもゆきちゃん先輩、いつのまに彼氏つくったんだろうね」
「ほんとビックリ。西村くんに彼氏なんて…。」
「「ん?彼氏?」」
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