第8話

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黒い肩までの真っ直ぐな髪と同じく黒い瞳。先程までは本以外にほとんど興味を示さずにぼんやりしていたその目は今は僅かに輝きが伺えた。

小柄な身体も相まって他の3人より幼く見えるマリという少女をじっと観察するチェザーレ。

母の言っていた気になること、というのは間違いなくこの少女の転移のことだろう。

彼の知識の中にも誰かに手を引かれて転移した、という記録はなかった。

つまりはその誰かがこの少女を喚んだということになる。

それが誰か、どういう目的なのか、それを知らなければならないと思い、どういう風に接触しようかと悩んでいたが、まさかその少女から指名されるとは…

これ幸いとばかりにその場を強引に押し切って連れ込んだ部屋で、自分を見つめるマリの目は、どう見ても失敗した…という感情がありありと浮かんでいる。


「…私がローウェンさんに言った目立つという意味で、チェザーレ様もかなり目立つのですが…」


沈黙の中、意を決した様なマリの言葉に、チェザーレは片眉をはね上げるという器用な素振りで見返す。


「さっきも思ったが目立つのは嫌なのか?あと様はいらん、敬語もな。もう一度言わせるようなら喉を焼いちまうぞ?」


最後の1言には少しだけ力を入れて言えば、マリのカップを持つ手がかすかに震える。


「すまん、怖がらせるつもりはない。」


震えさせてしまったことを素直に詫びてマリからのアクションを待つようにチェザーレは自分のカップを手にする。



「…目立つと、ろくな事にならない…私がいた世界には沢山のジャンルの本があったの。それこそ異世界転移ものもね。その中のセオリーが目立つことでトラブルを呼び込む、っていうのがあって…顔の良い貴方やローウェンさんと一緒だと、絶対になにかしらのトラブルが降ってくる気がする。」


どんよりと、それこそ雨雲でも呼びそうに沈んだ顔と声音でそう言われ、呆気に取られたような顔でぽかんとマリを見返すチェザーレ。


ついで、じわりと来るのは、笑い。

堰を切ったように笑いだしたチェザーレに笑い事じゃないんだけど…とより一層沈むマリ。

笑いだしたチェザーレに呼応するかのように室内にあったランプや蝋燭たちが一気に火を灯し、温かさと明るさが満ちる。


マリは今になって気がついたが、いつの間にか城の外は薄暗くなりかけていた。


「はー、苦しい…こんなに笑ったのはいつぶりだろうな…」


ようやく納まった笑いにカップを置いて目じりを擦って滲んだ涙を拭うチェザーレ。

周囲のランプたちに驚きながらもぶすくれた顔のままのマリ。


「ああ、驚かせて悪いな。俺は火の精霊の1匹と仲が良くてな、そいつが俺の感情に釣られて火の力がランプや蝋燭に宿ったんだ。害はないから安心しろ。」


チェザーレがぱちんと指を鳴らすと、右肩に小さな火の玉が浮かび、見る間に子犬ほどの大きさの赤い蜥蜴に変わる。燃える炎を息として吐きながら肩に乗っかり気持ちよさそうに目を細める蜥蜴。


「それが…火霊サラマンダー?」


竜の本にも載っていたし、何よりマリの世界でも名前だけは物語の中で登場していた。

チェザーレが頷いたのを見てそういうのもいる世界なのだと実感するマリ。

目の前にいる男が竜というのも、現実なのだと。


「まぁ目立ちたくない理由はわかった。じゃあさっきみたいな平凡な見た目に見えるようにすればいいのか?」


そう言いながら顔を手で覆い、先程までの冴えない茶髪と茶色の目の男の顔に変えてみせる。

その頬をぺちぺちと小さな手で叩く火蜥蜴。


「…それなら…多分大丈夫。でもチェザーレはいいの?」


悩んだ末のマリの了承にそうか、と頷きながらいいの?と問われて首を傾げるチェザーレ。火蜥蜴もまた首を傾げている。

動きが連動しているようでマリは見ていて可愛いとさえ思う。


「私と一緒にこの国を見て回ること。…貴方にとってはそんなに珍しいものは無いんじゃないの?」


「ああ…そんなことか。なに、俺もまだ知らないことは沢山ある。それにお前の異世界の知識も聞きたいしな。見るものが違えば見方も変わる。お前がどう感じるのか、近くで見ていた方が圧倒的に、面白い。」


快活に笑ってそういうチェザーレ。本来の目的はマリの転移のことではあるが、それを本人に言ったところであまり意味はないと踏んでいた。恐らくマリ自身預かり知らぬところだろうと。

それを隠しつつも、面白いという点には嘘はなかった。

生まれて200年、良く考えればこの世界の空を飛んだだけで知っているつもりでいた。1度地上を歩くことでまだ知らない事にも遭遇するかもしれない。





この世界を統べる竜王として、またこの小柄な少女の護衛として、マリと共にこの世界を歩いて知っていこう。

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