あたしのペットが異世界転生してご迷惑をおかけしているってホントですか!?
みずたまり
第1話 夢の中で
あたしは小さな身体を懸命に動かして山道を登っている。
「まって、ハクロー!」
あぁ、またあの夢か、と思う。最近よく見るようになった夢だ。夏休みに入って、バイトを多く入れていたから疲れが溜まっているのか、昔を懐かしく思い出しているのだろうか。
夢の中のあたしは、家の裏手にある山で遊んでいる小学生だった。あたしは、その頂上にある大きな樹を目指しているんだ。
目の前を走っているのはペットのハクロー。ハクローは真っ白な犬で、それはもう凛々しくてかわいいワンちゃんだ。
「まってってば!」
あんまり距離が離れると、ハクローは立ち止まってあたしを振り向く。ちゃんとついてきているかどうか心配してくれているんだ。優しげな青い瞳が、私を観察している。ハクローはかわいいだけじゃなくてとても賢い犬だった。
小学三年生のあたしは、荒い息を整えつつ、待っていてくれたハクローを撫でてあげている。走っている時よりも何だか嬉しそうな顔に、あたしも嬉しくなる。
「ありがとうハクロー。もうだいじょうぶだから、行こ!」
これが夢だと悟っているあたしは、本当は高校二年生。もうハクローはあたしの側にいない。いや、ハクローだけじゃない。他のペットも今は一緒にいない。
高校に入学した時に両親が離婚し、あたしは母に引き取られた。ハクローたちはあのクソ親父に。
今見ている夢は、あたしがまだ幸せだった頃の思い出のようなものだ。実際には起こり得なかったことがそこには広がっている。
頂上の大樹にもたれかかって、ハクローと一緒に木陰で休んでいると、いつのまにか他の子たちがここにやってくる。三毛猫のミケや、雌鶏のピヨ、他にも……あれ? これだけ?
いつもの夢なら、あたしと遊んでくれる子たちがもっと来るはずなのに。
『――椎名紗希』
あたしが違和感に頭を捻っていると、どこからか突然声が降ってきた。
「は、はい!」
急に名前を呼ばれてつい返事をしてしまう。
『ようやくこの声が届いたか……』
何回もお前に夢を見せて呼んでいたんだぞ、という声には少し疲労感が滲んでいる。
ちょっと同情してしまうが、あなたは誰ですか、なんて訊けない。今の世は不審者を見たら……通報せよ。
「って、今はスマホなんてないか」
『何をしようとしている』
「や、何でもありませんが」
ハクローを見るが、特に変わった様子はない。あたしの右隣で気持ちよさそうに寝そべったままだ。ミケはあたしの腿の上で丸まって身体を預けている。猫は霊が見えるというが、特に反応していないから幽霊ってわけではないんだろう。
『私は神だ』
「神?」
『一応な』
おいおい何だその一応は。めちゃくちゃ怪しいぞコイツ。未だに姿を表さずに声だけしかしないし。後めたいから隠れているんだろうきっと。
「えー、その……一応、神様があたしに何の御用件でしょうか?」
警戒しつつも、一応、あたしは一応神様に敬意を払って話しかけてみる。初詣でお祈りするよりも超丁寧に。
『お前にはこちらの世界に来て、責任をとってもらう必要がある』
はい会話不能ー。やっぱり人類と神との対話なんて早すぎだよね。
「ちょっと意味がわかんないんですけど」
あ、ヤバい。猫被りがソッコーで剥がれてしまった。無礼な態度ってことでバチを当てられてしまうかもしれない。
「仰られていることがよくわかりませんが?」
今度はバイト先のコンビニのように言ってみる。お客様だって神様なんだから、大体同じようなものだろう。
『お前が以前飼っていた動物たちがみな、死んでから私の世界に大挙して転生したのだ』
「死んで、転生……?」
え? ちょっと待って。
「死んだって……死んだのこの子たち!?」
あのクソ親父、みんなに何かあったら連絡するようあれほど言ったのに……!
キザなメガネを掛けたアイツのヘラヘラしている顔が脳裏に浮かんで歯軋りしてしまう。
『転生する際に、お前のペットたちは変性して強大な力を持ってしまっている。それが、世界のバランスを崩してしまっているのだ。飼い主が責任を持って管理をしてもらわねば、大変なことになる』
「……一応神様。飼ってた責任、って言うならですけど、それってあたしの元・親父が取るハズじゃないのでしょうか?」
元、を強調して伝える。
『橘和弥は、死んでこの世を去っている』
ぽかーん、だ。あまりの衝撃に身体が硬直してしまう。
「……これは、夢なんですよね?」
『これは夢ではあるが、話したことは事実だ』
その言葉に、あたしは黙り込んでしまう。それがホントなら、めちゃくちゃショックだ。今隣にいるハクローやミケたちに、もう会えないなんて。それに、養育費を出している父親が死んで、これからの生活がどうなるのか。
「どうしたらいいんだろ……」
『既にこちらの世界には被害が出ている。お前の力でそれを鎮めてほしい』
やっぱり会話不能かコイツは。察しろ!
「そう言うことじゃなくて――今のあたしにそんなことを言われても困るって! 一応でも神様なんだから、わかってよそれくらい!」
ついカッとなって思い切り叫んでしまう。驚いたように、ピヨがあたしの傍から駆け出し――紅に染まって消えていった。
「えっ……?」
『今消えた雌鶏は、私の世界で誰かに使役されることになった。それがまた被害をもたらす』
致し方ないと、悔しそうに言うその声の主は何やら覚悟を決めたようだった。
『私を認識できているならば、強制的に連れて行くこともできるだろう――それでもいいな?』
いいな、って言われても困るなぁ、と思って数秒。一応神様はもう一度あたしの名前を呼んだ。
『来い、椎名紗希!』
背中の大樹がうねったような気配がした瞬間、夢の中のあたしは、意識を失った。
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