第40話 奥義

 アルベルトは歓喜する。使用人を自らの実験のために死に追いやり、がその死を超越したことを知り、希望の書カルネデエスポワールが本物であることが証明されたことを。


「そのボロい手帳が本当に人に死を与えるかを知りたかったためだけに、ドナルドを利用したのか?」

「その通りです。全く修行をしたことのない人間がこの書を開いたとき、どのような結果が訪れるのか知っておきたかったのです。その後は、修行中のフランカ、最後は私自身で開くつもりでした。しかし、その前に死を超越できることを貴公が証明してくれた。後は私がその域にたどり着けば、晴れて私も『選ばれた者』になれるという希望が生まれました。」

「そんなことのために、人を死に追いやったのか?」

「そんなこと?これは偉大な実験です。開けば死ぬ希望の書カルネデエスポワールは本物であり、その死を越えられる者もいる。それがわかったのですから、彼の死も無駄ではありませんでしたよ?」


彼の純粋な眼差しからは、悪意を感じなかった。本当に人を殺したと思っていないのだ。どんな仕組みかはわからないが。おそらく、がこの書にはあるのだ。俺にとって、ドナルドという男は、ただのいけ好かない奴であった。しかし、だからといって勝手な理由で殺されて良い訳がない。自分勝手な王子の行いに俺は怒りを感じていた。


「下らない。果てしなく自分勝手で愚かだ。王家の人間とは思えないほどに愚かだよ、アルベルト。」

「私は王家の人間である以前に、ドミナターに仕える教徒です。そして、いずれ貴公に跪く日も来るでしょう。選ばれた者よ。」

「だから下らないと言っているんだ。デューオという自分勝手な悪人に跪いてるような奴が、ただ手足になって人を殺しているだけだろ。」

「...言葉にはお気をつけ下さい。いくら選ばれた者とはいえ、デューオ様に対する侮辱は許されませんよ。」

「何度だって言ってやるさ。悔しかったら臆病者のデューオをここに連れてこい!」

「黙れ!!!」


アルベルトは叫び、その瞬間扉の裏に身を潜めていたが襲いかかってくる。俺はすかさず刀を抜き応戦する。


「先ほどの続きですよ、選ばれし者よ。」

「くそ、またお前か!」


この男はアルベルトを守るような立ち回りをしながら俺に攻撃をしてきている。おそらくアルベルトに雇われている刺客なのだろう。アルベルトを更に問い詰めるためにもこの男を倒さなければならない。


「そんなものですか?ドミナターに選ばれた者よ!」

「くっ、調子に乗るな!」


完全に俺の動きを見切っているこの男は、防戦一方の俺を嘲笑する。反撃に出るためには、意表を突いた行動に出るか、さらに技のキレを高めるしかない。この状況で現実的に実行できるのは前者であった。そう考えた俺は中距離から刀の鞘を相手に投げつける。


「姑息な手を!」


小剣の男は俺が投げた鞘を避ける。そこで俺は鞘にあらかじめ繋いでおいたテグスを引き寄せた。避けたと思っていた鞘が急に戻ってきたことに驚いた小剣の男は咄嗟に防御の姿勢を取る。その瞬間に俺は一気に距離を詰め切り込む。男は左手の小剣で俺の刀を受けたが、その力に耐えられず小剣は弾き飛ばされる。ついにその男は体勢を整えるために後退を始める。


「なかなかやりますね。選ばれし者!」

「逃すか!」


せめてもう一撃与えようと俺は踏み込んだ。するとその瞬間、奴の背後にあった扉からフランカが現れる。この騒ぎに呼び寄せられ、様子を見にきたのかもしれない。奴の視線は一瞬彼女の方に移り、ニヤリと笑う。このままだと彼女が巻き込まれてしまう。これ以上無関係の人を巻き込みたくないと思った俺は、『もう一撃』なんて甘い考えは捨て『止めの一撃』を喰らわせようと考えた。その一撃とは、まだ一度も成功したことがない『奥義』のことだ。一撃必殺のこの技でなければ、フランカを守ることはできない。俺は息を整え、全神経を奥義の発動のために総動員する。


「さっき失敗した技を使うとは!なんと愚かな!」

「喰らえ!!」


先の戦闘のときとは明らかにが違う俺の動きに、奴は狼狽していた。その一瞬の隙を突き、ついに俺の刃が入る。奴の左腕は切り落とされ、その場に倒れ込む。フランカは青ざめた表情で逃げるように俺の元へと走ってくる。


「あ、あぁああ!!!!腕がぁああ!!」


この戦いで、俺は遂に桜花流の奥義を発動することができた。

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