第32話 王家の呪い師

「ひ、人殺し!!!!!!!!!!!」 


フランカの叫びは、空っぽの城内によく響いた。間もなくしてマキナが駆けつける。


「シン!なにが・・・、っ!」


生き絶えたドナルドと、狼狽える俺の姿を見てマキナは全てを察したようであった。彼女は震えるフランカの元に行き、落ち着くようにと声をかけている。俺は、何がなんだかわからなくなりしばらくの間硬直していたが、背後からゴトっと何かが床に落ちた音が聞こえ我に帰る。振り返るとドナルドの側に古びた手帳が落ちているのが見えた。その手帳に手を伸ばそうとしたとき、突然何者かに肩に手をかけられて背筋がゾクっとする。


「それに触れるんじゃない。」


黒いフードを被った老婆が耳元で、年季の入った声色でそう言った。


「・・・あんたは?」

「ヴィオラだよ。リシャールの金なし一族のもとでまじないを続けている死にかけの老婆だよ。」


ヴィオラはそう言うと、ヒヒヒと笑った。その容姿はまさに魔女というにふさわしく、ひどく曲がった腰に黒装束を纏っていた。


「あの手帳は何なんだ?」

「そいつはね・・・」


ヴィオラがソレが何かを言いかけたとき、騒ぎに駆けつけたアルベルトが悲痛な叫びをあげ、ドナルドの元へ駆け寄ろうとする。


「ドナルド!!!!そんな!」

「いけません、殿下!その男がドナルド様を殺めたのです!その男に近づいてはいけません!」


アルベルトは急停止して、目を大きく開き驚いた表情で俺を見る。俺は自分がドナルドを殺していないと訴えたが、すでにアルベルトは俺を警戒しているようであった。昨晩の言い争いもあってか、アルベルトは俺にドナルドの殺害動機があったと思い込んでいるようだ。


「シン。貴様の処分は父上が下す。おとなしく同行してもらおう。」



 俺はフランカに三階の大広間まで連行される。いつの間にかヴィオラは姿を消していた。広間に詰め寄った俺たちにバンジャマンは驚き、それまで読んでいた本を机に放り出した。アルベルトがこれまでの経緯を説明するが、昨晩の俺とドナルドとの口論など、なんとなく俺が不利になるような表現を続けた。時折マキナが弁護に回ってくれたおかげで、ストレートに俺が犯人として扱われることはなかった。


「・・・まだ、誰が犯人だとは決めることはできない。」

「父上!何を仰るのですか。この男以外にドナルドを殺す者などいるわけがありません。」


荒ぶるアルベルトに対して、マキナは落ち着いて反論をする。


「ドナルド氏が他殺であると決めつけるのも早すぎませんか?あの部屋には争った形跡もありませんでしたので、自殺の可能性も考慮すべきかと。」

「なんだと!ドナルドがそのようなことをするわけがない!」

「なぜそう言い切れるのですか?」

「それは、奴が我々に忠誠を誓った使用人だからだ。我々のため以外に命を捨てるなど、ありえないのだ!」


なるほど、王子がこの調子ならルグラン家にいいように婚約話を進められるのも納得できる。偏った考え方に、高すぎるプライド。上手く言いくるめることできれば意図も簡単に操ることができるだろう。鼻息荒くマキナを責め立てるアルベルトをバンジャマンがなだめる。


「アルベルト、落ち着け。感情的になりすぎだ。」

「ですが・・・!」

「疑いが晴れない以上、シン殿にアルベルトの護衛を任せるわけにはいかない。君たちを疑ってしまうようで申し訳ないが、そこは許してほしい。だからといって、この城に外部の者を入れるつもりはない。君たちが外の者と繋がっているかもしれない可能性を考えれば、君たちを外に出すわけにも行かない。これから四日間は護衛ではなく、客人として過ごしてもらう。」


護衛の任は解かれたが、この城を出ることは許されず、アルベルトが無事に婚姻式を終えるまではこの城に止まることになってしまった。



 大広間を後にした俺とマキナは自室に戻ることにした。えらいことになったなとマキナと話しながら階段を降りていると、また突然背後からヴィオラが現れた。急に現れたことと、その不気味な見た目にマキナはひどく驚いたようで、ヒィと声をあげながら一気に階段を降りていった。


「ヴィオラ。あんたは本当に神出鬼没な魔女だな。さっきも突然消えたしな。」

「いつも隠れているわけじゃあないよ。ただあのハナタレ王子が嫌いなだけさ。ついでにあの新人メイドもね。」

「専属のまじない師のくせに、意外と反発的な態度なんだな。まぁ、殿下に対する嫌悪感については同意だな。」

「ヒヒ。じゃあ、次はあの王子を殺すのかい?」

「だから、俺は誰も殺してないんだって。」

「ヒヒヒ、冗談さ。あんたもつまらない男だね。あんたがあの使用人を殺していないのはわかっているさ。なんたって、あの使用人は、死の手帳カルネデモルトに殺されたのさ。」

「なんだって?」

「あんたが触ろうとしたあのさ。どこかのバカが見つけちまったんだろうね。アレを。」

「おい、どういうことだ?」


追求をしようとヴィオラに一歩詰め寄ると、彼女はヒヒヒと笑いながら、また霧のように姿を消した。姿を消せるようななんらかの魔具を使ったのであろう。それにしても、死の手帳カルネデモルトとは何だったのであろうか。手帳が人を殺したと言うのか?マキナなら何か知っているかもしれない。とにかく急いで部屋に戻ろう。

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