第20話 館への誘い

 この世界18002へ転移されてきてから、3年の月日が流れた。ベティの専属使用人として世話をしながら、東方の剣術家から剣術の手ほどきを受けていた。デューオを倒すため、そしてベティを守るためにもそれは必要なことであった。この世界の常識や歴史等、様々なことを学んだ。そしてあらゆる場面にてパスカルの計らいもあり、俺は異世界人であることを隠して過ごすことができていた。そんなある日の朝---。


「シンさん、おはようございます。突然ですが、一つ頼みごとを聞いてはくれませんか。」


朝食の片付けを終え剣術の稽古へと向かおうとしていたところに、ベティの母親エリザベスから声をかけられた。


「はい、なんでしょうか?」

「明日、ベティは遠方へ出向かう用事があります。それに同行してもらえませんか?あの子は魔具使いとしては申し分ありませんが、その中身はまだまだ・・・。」

「わかりました。一応、その”用事”ってのが何か聞いてもいいですか?」

「それは、あの子から直接聞いてくださいな。それでは、頼みましたよ。」


ベティは正真正銘の箱入り娘だ。近隣の街はおろか、客人の対応もできない。そんな子を一人で遠出させることは、実の母として心配なのであろう。俺は”用事”とやらが一体どのようなものかを確認するために、ベティの部屋へと向かう。


「ベティ。ちょっといいか。」


俺は扉をノックし、そう問いかけた。すると間も無くして入室の許可が下りる。部屋に入ると、彼女は服や小物をベッドに並べており、荷造りをしているようであった。


「シン、どうしましたか?」

「明日出かけるんだってな。それに俺も同行することになった。」

ベティは少し驚いたような顔をした後に、不服そうに頰を膨らませる。

「そうですか。どうせお母様から頼まれたんでしょう。お母様は少し心配性すぎます。」

「何を怒っているんだよ。仮にも歴史ある家系の一人娘なんだ、その娘の遠出に用心棒一人だけってのは少ないくらいだろう。」


ベティはフンっと鼻を鳴らし、乱暴に荷造りを続ける。子供扱いされるのが嫌なのであろう。


「ところで、その用事ってのはなんなんだ?」

「エーベルハルト・エウルールという魔具収集家からお声が掛かったんです。彼に起動できない特級魔具起動の依頼みたいです。」

「その人は魔具が起動するところが見たいのか?まぁ、収集家ならそう思うのも無理ないか。」

「そうなります。そして私たちの目的は、彼との繋がり形成です。彼と友好的な関係を築くことができれば、お父様の研究活動にも貢献できますから。」


外交的な意味合いがあっての訪問のようである。彼女は良い意味でも悪い意味でも素直だ。そんな彼女に外交的な駆け引きは難しいだろう。俺にはただの用心棒としてだけでなく、そのサポート役としても立ち回る必要がありそうだ。それに、特級の魔具を集めているような者をデューオが放っておくとは思えない。もしかすると、彼に関する情報も何か手に入るかもしれない。


「シンは来なくても大丈夫ですよ。私一人で事足ります。」

「そうは言っても、エリザベスさんから頼まれてしまったしなぁ。」

「うぅ・・。なら好きにしてください。でも、本当は私一人でも十分なんですからね。」


ベティは下唇を噛み悔しそうにそう言った。さて、俺も荷造りを始めるとしよう。



 自室に戻り荷造りを始める。移動に半日、到着から3日滞在。そこそこの旅になる。黙々と作業を進めていると、ベッドで寝ていたマキナが目を覚ます。


「シン、何をしているんですか。」

「遠出の準備だよ。明日からしばらく帰ってこないから。大人しく留守番しててくれよ。」

「りょ、旅行ですか!?私を置いて?!聞いてないです!!」


マキナはポンポンと俺の背中を叩く。


「痛い痛い。やめろよ。さっき決まったんだ、仕方ないだろ。」

「いったいどこにいくんですか!!」


一刻も早く彼女の怒りを沈めたく、俺はさっさとエウルール邸に行こうとしている話をした。


「エ、エーベルハルト・エウルールですか?!確かに、彼ならデューオについての情報も持っているでしょうし、場合によってはデューオに通ずる者も同様にその場に呼ばれているかもしれません。・・・私も行きます!」

「さすがにそれは難しいんじゃないかな。ベティは一人で行きたいって言い張っているのに、マキナまで来ると言ったら完全にヘソを曲げるぞ。」


マキナはこの家では既に周知の存在であった。俺が下町で拾ってきた迷い子として認知されている。


「でしたら、私に考えがあります。」

「考え?」


そう言うとマキナは目を瞑り、ゆっくりとその姿を消して見せた。これはマキナの能力の一つだ。姿を消し、その気配も消すことができる。しかし実体が無くなっているわけではないので、よくある透明人間のように壁抜け等ができるようになるわけではない。加えて、姿を消している間は他の能力は使えない。


「たしかにそれなら同行は可能だろうけど、姿を消されれば俺にだって視認できないし、もしはぐれても助けてやれないぞ?」

「それは大丈夫です。ずっとあなたの刀の鞘を掴んでいますから。」

「・・・ずっと帯刀してろってことか?」

「愚問ですね。」


たしかにマキナの力や知識は、いざという時の助けになる。そして、半ば強制的にマキナも同行することになった。


 デューオの尻尾を掴むためにも、俺はエウルール邸に向かうことに決めた。

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