従軍記 海軍特務士官候補生
もも太郎冠者
序章
第1話
プロローグ1
大学の講義が終わり、いつものように学生寮に帰ってきた。
夕方、学生食堂でできるだけ安い夕飯を済ませて、僕の部屋へ行く前に郵便受けを確認する。
まあ、いつもの行動パターンだよ。つまらん内容のチラシとか入ってることが多い。裏が白いチラシはメモ帳にできるから、それはそれで有用なんだけどね。
その時の僕の郵便受けには、見慣れない大型の封筒が入っていた。
緑色の大型封筒で、郵送元はと確認すると軍務省になっている。
軍務省?、一瞬、徴兵呼集がと思ったけど、徴兵呼集ならば特別送達と言って僕に直接届けられるよなと思いつつ、自室でその封筒の中身を確認していく。
軍務省からの郵便物なんて、僕にとっては特別の物、いったい何が送られてきたのかと思いつつその封筒を開いたよ。
中を見たら、リーフレットと書類が5枚、返送用の封筒が1部入っていた。
内容を見たら徴兵ではなく、従軍希望者を募る内容のリーフレットだった。
いわゆる参軍募集案内の郵便が僕の所に来ていた。
それは間違いなく正式な軍務省の参軍案内のリーフレットと申し込み書類一式だった。
軍務省から正式な参軍案内、それが僕のところに来た。
だからすぐに応じてみた。
両親から徴兵の赤紙が来る前に、さっさと従軍というか、国民の義務たる軍事訓練招集には早めに受けていた方が、あとあと楽だよと言われている。
学生のころに義務を果たしていた方が、時間が取れる分まちがいなく楽っていう話は常々両親からは聞かされていた。
でも国民の義務である徴兵の11か月間の軍事教練を受けるには、僕にはまだたっぷりと時間的余裕がある。
なんせまだ19才だからね。
軍事訓練は受けなければならない、それは国民の義務だ。
国民防衛法によって、20歳から30才の間に11か月の間、陸軍か海軍か、どちらかに所属して訓練を受けなければならない。
僕はまだ19だから、時期的にはまだ余裕がある。
でもすぐに応じて軍事教練をすました方が、あとあと楽になると言う両親の言葉に、僕は正にそうだよなと思っていたからその募集に応じたわけ。
もちろん軍事教練を受けるとなると、大学から離れるわけだから、大学はまるまる1年遅れてしまう。
だけど、まあね、どうってことないと思っている。
だいたい留年するかもしれないし、もっとも浪人生だったら入学そのものが1年遅れ、そんな連中が僕の周りにいっぱいいた。
表現は悪いけど、そんな連中よりも自分で自分のことを決めたかった。まあ今の大学での成績は良い方だったから、留年の心配はないけどね。
それに大学の勉強は、教養学部課程終了したところだから区切りがちょうどいい。
だから、今のうちに軍事訓練義務を済ました方がいいよな。11か月間の軍事教練が終われば、普通に学生に戻ればいいだけだね。
でもまさか、そのまま軍隊に留まるなんて、その時は思いもしなかった。
それは大学1年生が終わり、これから2年生になるぞという時期の春のことだった。
成人式にはまだ1年ある。普通ならば成人式を迎えるころにそれは送られてくる。
でも1年も早く僕の所に参軍案内がきていた。試験的に1年前倒しになっていた。
もっとも、僕はまだ学生だから、学生に関しては学業優先が基本とされている。
国民の義務である徴兵や参軍募集-軍務に応じるのは卒業まで延期できる。
それが学生の特権といえば特権だけど、どのみち陸軍なり海軍なり入隊し国民義務訓練を受けなければならない。
ただそれが2年から4年程度、まあ、医学生や薬学生ならば8年程度伸びるだけだ。どのみち軍に入隊するのはまちがいない。
いったん社会に出てから軍事訓練に応じるのは、やっぱりいろいろと会社との調整とかでめんどくさい事になると聞き及んでいた。
徴兵と軍事訓練に応じるのは、納税と同じ国民の義務だけど、それってやっぱり厄介なことには間違いない。
今の僕の環境は一般の人よりもはるかに自由がきく。今は学生だし、しかも、学生寮に一人で生活の身。
だったら、さっさと国民の義務である軍事訓練を受けて、とっとと自由になった方がいい。
厄介なことはさっさと済ました方がいい。それが両親の教えだった。
だから、そんなこんなで11か月間の軍事教練に、僕は進んで参加した。
それに基準より早めに入隊したら年金がもらえる年になるとちょっとだけど特典か増えるらしい。
もっともまだ60年も先の話だからかんけーねーな。とにかく参軍募集という徴兵に早めに応じた方があとあと楽だよなと、ほんに軽い気持ちで応募した。
そう思って大学の総務学生課に出向いて参軍休学届けをだした。
学生課の受付で参軍募集に応じるから手続きをお願いしますと言ったら、ものすごく奇妙な顔で見られた。
あああ、こいつはなんて馬鹿なんだと思っているみたいな顔といえばわかると思う。
うるせーよ、国民の義務を履行するだけだと心の中では叫んだけどね。
手続きは簡単なもの、書類三枚に署名したら終わりだった。
それで晴れて参軍休学の扱いになる。徴兵訓練が終わる11か月後に軍事教練満了による復学届をだせばいい。
とにかく僕が参軍募集に応じる手続きすると学校の方から軍務省へ、僕の成績が送られていくみたいだ。
あとで聞いたけど、適性を予め判断する材料にするそうだ。
参軍案内に同封されていた書類に一通り記入して、学生課の参軍申告受領書とともに返送した。
きっかり、2週間後に、出頭命令が届いた。
予備検査だった。
それには予備検査を実施するので、陸軍第403駐屯地に朝9時に出頭せよとあった。
この命令書を受領して一か月以内に来いという内容だった。
まあ、まるまる一か月余裕をくれる訳だね。
結局それも適性を判断するための仕掛けになっていた。
すぐに応じるか、それとも何か躊躇いがあるのか、何らかのアクションを起こす為の時間---> 一か月という期間を設けてどうするかをみるわけだ。
もちろんその時は、そんな仕掛けがあるとは夢にも思わず、メンドーなことは早く終わらせた方がイイ、それだけの思いだった。
だから、僕はすぐに行動した。
命令書を受け取った翌日に陸軍第403駐屯地に出向いてみた。
陸軍の403駐屯地は僕の住む学生寮からは、中途半端に近いというか、遠いというか4時間ほど列車に乗れば到着するところにある。
簡単な話、始発の列車に乗ればいい。
特に持参すべきモノや、これといった注意すべきことなぞ、その出頭命令書を何回も読んだけど、注意点や留意すべき点などは一切書かれていなかった。
だから、まあ、予備検査だからどうってことないと思っていた。
命令書の封筒を手にもって、ポケットにはいつもの万年筆と小さなメモ帳だけを入れて学生寮を出た。
まだ夜が明けていない暗い早朝というか、まだ真夜中だけどね、軽い朝食・・・・いつものパンをかじって牛乳を飲んで終わりだけど、朝飯を済ませて身繕いをして学生寮を出た。
学生寮を出て、真っ暗の中、駅に向かう。
夜明け前の真っ暗の街なかを歩くのは久しぶりだなと思いつつ、街の真ん中にあるタボール駅までのんびりと歩いていく。
春先になっているとはいえ、やっぱり寒い。
体がブルッとする。それからは体を暖める意味で僕は早歩きで駅に向かった。
駅に着いて切符を買って、改札口を通る。駅員さんがおはようございますと声を掛けてくれる。
僕もおはようございますと答えてホームへ向かう。僕みたいな始発に乗る乗客なんてほんのわずかだね。4人ほどの乗客が待合室にいて、それ以外は駅員の人が改札口にポツンと一人だけ。
始発の列車はすでにホームに停車しており、僕はそのまま乗り込んだ。
始発の普通列車に揺られてのんびりと駐屯地へと、特に感慨もないというか、これから軍隊に行くぞといった特に熱い想いが起こるわけでもなく、妙に淡々とした気分で4時間ほど列車に乗っただけだった。
始発の列車は予定通りに、朝の8時12分に目的の駅に着いて、そのころには通勤の為の乗客がかなり乗り込んでいて満杯の状態になっていた。
乗車率120%ぐらいになっているなと感じながら、僕はもみくちゃになりながらホームへと降り立った。
多くの乗客が、一斉に降りて出口を目指していく。
就職したら、この中の一人になるのだろなと思いつつ、そんな通勤の慌ただしい雰囲気の中、改札へ向かった。
きょろきょろとしながら改札口を探すけどよくわからない。
でも、人の流れに乗ればたぶん、その近くに改札口があるだろうと予想して歩いたら、うん、改札口があった。
そのまま、改札を出たものの403駐屯地へどう行けばわからない。
改札口から出て、出口の看板の所で、出頭命令書の案内を見ていると声をかけられた。
「君、駐屯地に行くのか」
振り向いたら、高級将校と思われる人がその声の主だった。
年配の、明らかに陸軍将校と思われる人が僕に声をかけている。
軍服の襟章が金の枠で紅い星が三つ、たしか陸軍の大佐だよな、金枠の紅い星三つは。
「はい、そうです」
「よし、ついてきなさい」
えっと思いながらも、言われたとおりにトコトコとついていくと、その軍人さんを迎える為に待っている車があった。
出迎えの兵隊さんと思われる人がドアを開けるべく立っている。
その兵隊さんが大佐にバッと敬礼してドアを開けていく。
「後ろの彼だが、予備検査出頭の子だ。同乗させるから門衛で降ろしてやってくれ」そう言って大佐は車に乗り込んでいく。
「さあ、乗りたまえ」
「ありがとうございます」
大佐に促されて車に乗り込むと、出迎えの兵隊さんがドアを閉めてくれる。
そのまま、車は駐屯地へと走り出した。
大佐が僕の方を見て声を掛けてくれる。
「予備検査に合格したら、君はどっちに行きたいのかね」
興味深そうに僕を見ている。温和な表情だけど、眼がやっぱり鋭かった。あれって軍人の眼なんだなと思う。
そんな眼光鋭い大佐の顔を見ながら僕は普通にのほほんと答えた。焦っても仕方ないし、ビビっても仕方ないよね。
「はい、正直どっちでもいいと思っています。適性試験での結果に従うつもりです。特にアレがしたいとか、コレをしたいとかという希望は持っていません。
ただ、世間的にはいろいろ免許をとれる陸軍の方がいいという話ですが、陸軍でも海軍でも自分の適性に合った仕事をしたいです」
僕がそう言うと大佐はほうという顔をして、興味深そうに僕を見ている。
「ちょっと出頭命令書を見せてくれんか」
そう言われたから大佐に命令書を手渡すと、大佐は一瞥してからニッコリと笑っている。
うん、間違いなく笑っているのよね。
なんで。
なにか命令書にニッコリと笑うようなことが記されている?
一か月以内に403駐屯地に出頭せよとしか書いてないよな。
うん、よくわからん。
まあ、変なことを聞いて、入隊したら間違いなく上官になる人に妙な印象与えるのも、あとあとマイナスになる可能性があるよな。
そう思ったから黙っておくことにした。
そんなことを思いつつ、車はあっという間に駐屯地についた。
門衛の兵士が敬礼してから、窓から何かチェックシートみたいなモノを差し出していた。
大佐がそれを受け取り、サインをしてまた戻していく。それから僕に声を掛けてくれる。
「ここが門衛だから、降りて出頭命令書を手渡して、矢印の通りに行きなさい、受付があるから」
僕は礼を言って車から降りた。その時の大佐の表情は満足げな感じに見えて、車はそのまま駐屯地の奥へと走り出していく。
門衛の出入りをチェックしている兵士が胡散臭そうに僕を見ている。
大佐に言われたとおりに、出頭命令書を手渡して予備検査にきましたと告げると、どこからか出したのかスタンプを手にもって、出頭命令書にポンと押して僕に戻してくれる。
今日の日付と入門08時とスタンプされていた。
「あの矢印の通りに行きなさい、受付があるから」
なるほどね、大佐が言った通りの言葉が返ってくる。
その門衛の兵士が指し示した方向に矢印があった。とにかくその矢印の方向へと僕は歩いた。
駐屯地の入口で車から降りて、矢印に誘導されながら8分ほど歩いた。
駐屯地っていう所はものすごくデカいものだって、その時初めて気が付いた。
ある意味、一つの街だよね、駐屯地って。
てくてく歩いて、矢印の終わりには予備検査受付の看板が出ている。
ようやくここだと思ったよ。んで、「入室するときは靴を袋に入れる事」と注意書きが掲げていた。
そこは講堂というか、体育館というか、そんな形の建物が予備検査の会場になっていた。
受付の看板がある入口のドアの横に靴を入れるための袋が置いてある。
とりあえず指示書き通りに、靴を脱いで袋に入れてからドアを開けてみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます