2話 的は壊さないものだよね

 日が昇り始めたくらいにちょうど学園があるライゼンフォルトの町が見えてくる。


 ここからは僕がSランク冒険者とバレないように行動しないとダメなんだよね。十分に注意しよう。


 そのまま、学園の前までたどり着き地面に降りる。その瞬間、周りの人が驚いたように僕の方を見ていた。それを気にせず大きな建物を見上げる。


「これがライゼンフォルト学園か……。すっごく大きいなぁ」


 さっきまでそれ以上の高さで飛んでいたが、建物の大きさで感嘆の声を上た。

 すると僕に注目していた町の人に笑われてしまう。

 それからしばらく建物を眺めているとちょうどこの学園へ向かってきた少女に声をかけられる。


「君、この街は初めてきたの?」


 ちょうど僕より二つくらい年上に見える金髪のショートカットでとっても活発そうな少女だ。


「あっ、はい。ライゼンフォルト学園に入りにきたんですよ」


 笑みを崩さずに話しかけると少女の方が驚いた表情を浮かべた。


「それなら私と同級生だ。よかったら町を案内しようか?」


 それは助かるかも。それにこうやって同じ学年になる人と町を歩くのって学生生活の醍醐味だよね?


「うん、お願いします」


 頭を下げると少女は手を振りながらはにかんでくる。


「やだなぁ、同級生になるんだからそんな堅苦しいのはなしにしようよ。私はシーナ・ルチル。八歳で私も今年から学園に入学するの」


 僕の見立て通り彼女は二歳年上のようだ。


「僕はリーノ・ルクライド。六歳だよ」

「やっぱり私より年下だったんだ。すごいね、六歳で学園に入学できるなんて……。よっぽど素質があったんだろうね」

「どうなんだろう……、冒険者として暮らしてたら突然連絡を受けたから」

「もう冒険者になってるんだ。それじゃあ魔物とか倒したことあるの?」

「うん……、弱い魔物なら」


 Sランク級の魔物を倒したことがあると言ったらダメなんだよね……。一応そこは注意をしながら話を続ける。

 ただ、シーナにとっては魔物と戦ったことがある時点ですごいらしく、その場で飛び跳ねながら驚いていた。


「すごい、すごい。私はまだ魔物と戦ったことないの。でもいつかはSランクの冒険者になって強い魔物を倒したいと思ってるの」


 Sランク冒険者と聞いて、ビクッと肩を震わせる。

 一瞬バレてしまったと思った。でも彼女は誤解してくれたようだった。


「大丈夫よ、リーノくんもその年で素質があると認められたんだもん。Sランクまではいけなくても、Aランクくらいには行けると思うよ」


 にっこり微笑んでくるシーナに僕は心の中でホッとため息を吐いた。



 それからしばらくの間、シーナに町の中を案内してもらった。

 ライゼンフォルト学園の他に武器屋、防具屋、薬屋といった戦闘に欠かせない場所や宿屋や料理屋、他には冒険者ギルドも完備されており、生活には何不自由することもなさそうだった。


「あとは学園だね。一応入学の日に魔法能力の測定があるらしいから、リーノくんもそのつもりでいた方がいいよ」


 測定か……。やっぱり力を抑えないとダメなんだよね。

 他の人を見て考えればいいかな。


「うん、ありがとう。でも入学の日っていつなの?」

「えっ、明日だよ? リーノくん、知らなかったの?」


 それは初耳だった。もし僕が一日で来れなかったらどうするつもりだったんだろう。


「それじゃあ今日はゆっくり過ごした方が良さそうだね」


 すでに夕方近い。町を案内してもらうだけでも結構時間がかかっていたようだ。


「明日は頑張ろうね」


 グッと両手を握りしめて気合いを入れるシーナ。

 姿が見えなくなるまで大きく手を振ってくれる。

 そして、僕は教えてもらった宿へ入っていった。



 翌日、ライゼンフォルト学園へやってきた。


「あっ、リーノくーん。こっちだよー」


 大きく手を振ってシーナが呼んでくれる。

 そんな彼女の前には大きな看板が置かれている。


「ここに名前が書かれてるよ。私とリーノくんは同じクラスだね」


 嬉しそうな表情を浮かべるシーナ。

 僕は自分の名前が書かれている場所を探す。


「えっと……、一組で担当はライズ・グラスマンって人みたいだね」

「うん、元Sランク冒険者で引退後にこの学園に呼ばれたすごい先生だよ。剣も魔法も超一流で私の目標の人なの」


 目を輝かせながら教えてくれた。

 ただ聞いたことのない人なので、僕が冒険者になる前にいた人なのだろう。


「よし、一組はこのまま訓練場へ移動だ!」


 目元に傷のある男性が声を上げる。あの人が担当の先生かな。


「行こう、リーノくん」


 シーナと一緒に訓練場へとやってきた。


「俺は今日からお前たちの担当となるライズ・グラスマンだ。挨拶もそこそこにまずはお前たちの今の実力を見させてもらう。ここに魔法訓練用の的がある。これを狙って魔法を撃っていってもらう」


 ライズが指指した先には白い人一人ほどの大きさの人形が置かれていた。


「これは対魔法効果のある布で作られた人形だから安心して狙うといい。では一人ずつ呼んで行くぞ。まずはアデル・リチャード」


 ライズが名前を上げると金色の長い髪を持つ男が前に進んでいった。かなり背丈が大きいのでかなり年上に見える。


「では始め!!」


 ライズの掛け声とともにアデルは魔法を唱える。


「業火の炎よ、かのものを焼き尽くせ。火の玉ファイアボール


 アデルの手から火の玉が飛び出すと的の方に飛んで行き、的に当たった瞬間に火の玉は消えていた。

 そして、アデルはドヤ顔を見せていた。


 あれっ、あの的は壊さないといけないんじゃないの?

 普通の魔法を使えば軽く全壊するよね?

 あっ、もしかして、わざと壊さないように手を緩めて魔法を使う訓練なんだ……。


 次の人も的を掠らせるように魔法を飛ばしていた。


 やっぱり、あの的は簡単に壊れるから壊さないように魔法を使わないといけないんだね。

 結構難しい試験だな。やっぱり学園というだけあってみんなすごい魔法を使うんだな……。


 僕は感心しながら眺めていた。


「次、マシェ・ロックウッド」

「……」


 返事もせずに前に出てきたのは僕と同じくらいの背丈をした……年の近い少女だった。深々と帽子をかぶり、長いマントに身を包んだ少女は一歩前に出て魔法を使う。


氷の棘アイスニードル


 氷の棘が的へ向かって飛んで行く。そして、的の一部を凍らせていた。

 少し力加減を間違えたのかな?


 的にダメージを与えたらダメなのに……。

 少女はサッと後ろを向いてしまう。


「すごいね、あの子。詠唱を飛ばしてたよ」


 シーナが僕の隣に立って感心した声を上げていた。

 通常、魔法には詠唱が必要と言われている。ただ、僕はその詠唱を教えてくれる人もいなかったからよく知らない。


 でも、ちゃんと詠唱しないと変な目で見られるんだよね?

 よし、注意して見ておこう。


「次、シーナ・ルチル」

「あっ、私の番だ。行ってくるね」


 シーナは笑顔で前に出ていきその表情のまま魔法を使う。


「天を穿つ雷よ、大空より来たりて、かのものを薙ぎ払わん。雷の槍サンダージャベリン


 手から雷を帯びた槍が出現するとそれを思いっきり投げるシーナ。ものすごい速度で的目掛けて飛んで行く。しかし、的に当たることなくそのまま訓練場の壁に衝突していた。


「あ、あれっ?」


 少し長めの詠唱をしたことからも分かる通り、シーナは中々強い威力の魔法を使ったようだった。

 でも的に当てられないのはダメだよね。それに今回はいかに威力を抑えて魔法を撃つか……なんだから、そんなに強い魔法を使ったら失敗するよね。


「ほぅ、中々威力の高い魔法だな。これは期待できる。次、リーノ・ルクライド」


 ついに僕の出番が来てしまった。

 極限まで威力を抑えて、魔法を放つ。イメージは十分だと思う。ただ、意図的に弱い魔法を放ったことはないからどのくらい抑えた魔法になるだろうか。

 ゆっくり前に進むとすれ違いざまにシーナが「頑張って」と応援してくれる。



「では、始め!」


 合図を受けて、僕は魔法を使う。ただ、いつもの使い方とは違い、しっかり詠唱みたいなことも行う。


「えっと……、天を……なんとかの、来たりて……、その……薙ぎ払えー。雷の槍サンダージャベリン


 よく知らないのでつい今し方聞いたシーナの……それもところどころしかわからなかった詠唱だが、それでも雷の槍が普通に現れる。ただ、力は抑えたつもりなのに、一本ではなく十本ほどの槍が飛び出して、的目掛けて高速で飛んで行く。


 ドゴォォォォン!


 凄まじい爆発音を鳴らし的は粉々に砕け散り、的があった場所は黒い焦げ跡を残すだけになっていた。


「あっ……」


 やりすぎちゃった……。慣れない詠唱なんてしたせいで、つい力がこもってしまったみたい。


 えっと……、さ、流石にこの結果はまずいよね……。


 ライズの方に振り向くと彼の手はプルプルと震え、こめかみ辺りがピクピクと動いていた。

 ぜ、絶対怒ってるよ……。


「だ、大丈夫です。今直しますから……」


 慌てて僕は的があった場所に駆け寄ると指を鳴らして、粉々に飛び散った的を一箇所に集め、元の形に戻らせる。


「こ、これで元どおり……」


 乾いた笑みで振り向いたが、場は完全に静まり切ってしまっていた。


◇◇◇◇◇


 今年の入学生はどうなってるんだ⁉︎


 測定結果を見てライズは困惑していた。

 初日の的当ては綺麗に魔法を的に当てられたら優秀と言われるものだった。

 それをかなり細かな魔法技能が必要になる詠唱省略を軽々と行う少女。

 狙いは甘いものの中級魔法をいともたやすく使ってみせた少女。

 彼女らだけでも数年に一度いるかどうかくらいの逸材だ。


 でも、最後のあいつはなんだ。

 超デタラメな詠唱で、上級魔法ですら耐え切れる……いや、俺の全力の魔法すら耐え切れるこの魔測定の人形を粉砕するだと……⁉︎

 もしかすると長年使ってきたから劣化していたのだろうか?


 試しに俺自身も魔法を使う。


「業火の炎よ、炎の精霊よ、深淵より出でて、かのものを焼き尽くせ。地獄の炎インフェルノ


 炎の上級魔法を的に当てる。

 触れたものを一瞬で燃やし尽くすと言われるその炎が止んだあとも、魔測定の人形は元の形を保っていた。

 傷をつけることなら容易にできるものだが、粉々にするなんて……魔法を極めた者のみが使える最上位魔法クラスのものじゃないと考えられない。

 しかも、そのあと無詠唱で見たこともないような魔法を使っていた。


 一体あいつは何者なんだ⁉︎

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