第61話 侵入者

「どうして、韓文宏を調べようと?」

「まあな。詳しい事がわかれば、真っ先に教えるよ。今はまだ全体が見えて来ないんだ」

「わかりました。約束ですよ。それが蛇喰さんが時期が来て記事にしていいなら知らせてくださいよ」

そう言って紙封筒を2つに折り、ポロシャツの胸ポケットに入れた。

「情報料を渡して、更に記事にするのか?丸儲けじゃないか?」

そう言うと、曖昧に笑った。アイコスを片付けると、席を立った。慌ただしく事務室を抜け待ち合い室を出る。

「また何かわかったら教えてくれないか?」

その問いかけに一瞬、板垣は考えるようにドア付近で立ち止まると振り返って言った。

「あっ、コーヒー、ごちそうさまでした。わかりました。また調べておきます」

そう言うと、ドアを閉めて出て行った。慌ただしい動きは、記者の癖なのだろうか。コーヒーカップを片付ける。ステックシュガー3本も使うとは。せっかくいいブレンドの豆を使って飲ませても味がわからないのと一緒だった。彼なら、コーヒーゼリーを砕いたものを出した方が良かったかもしれない。


コーヒーカップなどを事務室の隣りの小さなキッチンで洗い片付けると、部屋の電気を消そうとした時、外の駐車場から砂利を誰かが踏む音が聞こえた。微かにゆっくりとだか、足音が聞こえる。音が鳴らないように注意しながら歩いているようだ。それも数名の足音が聞こえる。少なくとも3人いる。何者だ?

ここは貯木場の側にあるポツンと離れた事務所で、元は貯木場で丸太を管理している会社が事務所として使っていた物だった。今では周りに人が近づく余地が無い。外から微かに聞こえる音は、この事務所の周りをぐるりにと一周しているようだ。室内の電灯を消した。事務室、待ち合い室の電灯を消した。真っ暗になった。足音がピタリと止んだ。待合い室の鍵を掛ける。

「カチッ」


鍵が掛かる音が非常に大きく聞こえる。壁伝いに手で触りながら事務室に戻る。勝手知ったる自分の事務室だ。その点は、まだこちらの方が有利だった。相手が外から音を立てないようにドアをゆっくり押す。間違いなくこの事務所に何者かが目的を持って侵入しようとして来たのだ。事務室の鍵を掛ける。掃除道具入れから、掃除機のホースを繋ぐプラスチックの棒を外して身構える。玄関が開かないので、我慢出来ずに力ずくでドアを揺らし始めた。おい、おい、壊れるじゃないか?

「クソッ、開けろ!壊すぞ!」

こんな時間に、そんな乱暴な言葉遣いをする人間は、毎週の近所のゴミ出しの場所が変わったというような内容を書かれた回覧板を回しに来たのではなさそうだ。まずそもそも町内に入っていないので、回覧板が回ってくるわけが無いのだ。

「ガチャ、ガチャ」

激しくドアを前後に揺らした。

「バン!」




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