第36話 崔圭一

「あんたに麻雀のルールを教えてもらおうかな」

そう安が言うと、麻雀をしていたサングラスの男が盲牌をしながらこちらをチラリと見てから、怒鳴るようにこう言った。

「ここのオーナーの崔圭一はいないのか?」

安が回りを見ながら訊ねた。

「おい、おめえら誰なんだ?」

サングラスを掛けた男が、リャンピンを切ったその瞬間、「ロン!」とニキビ面の男が声を上げた。清一色を振り込んでしまったようだ。ニキビ面の男は、牌を表に向けて倒すと笑顔で言った。サングラスの男が茫然とニキビ面の男を見つめる。

「悪いな。親パネだ」


そう言ってニキビ面の男は、トウモロコシより黄色い歯を見せて笑った。

「クソッ、おまえらのせいで霜山に振り込んでしまっただろうが!」

サングラスの男は、こちらに向かってそう言って怒鳴ると、点棒を投げるようにニキビ男に支払った。


「なんでこっちのせいになるんだ?」

麻雀卓の男たちを見つめながら、冷静に言った。

「五十幡に話しがある」

安がそう言うと、サングラスの男が口元を歪めながらこう言った。

「おい、俺は崔圭一の息子の優一だ。そいつは、俺の商品なんだ。勝手に話しかけないでくれ」

安がそれを聞いて思わず苦笑いをした。


「どういう意味だ?」

「五十幡眞三郎は、俺の会社の従業員だと言っているんだ。勝手に話しかけるな。わかったか?」

五十幡の方へ、顎をしゃくった。

「それは住之江ルールか?」

安が訊ねると、前歯の無い男がケラケラと笑い出した。

「トランプの大富豪をやってるんじゃないぜ。何でローカルールがあるんだよ」

「なかなか楽しい奴らがやって来たな」

霧山が、背中を丸めながら他の麻雀仲間に話しかけた。


「しかし、舐められたもんだな。ここはおまえらのシマか?よそもんなら、おとなしくしとけや。けったクソ悪い。本気で怒らせる前に黙って帰れ」

霜山が、ニンニク臭い息を吐きながらそう言った。


「あんたは何者なんだ?」

「いいか。まず俺に謝罪すべきだろう?五十幡に話したいなら口利き料3万でいい。振り込んだ分を返せ」

サングラスの奥からキラリと細い目が光った。


「あんたは、崔圭一の息子か?」

「俺の親父を知っているあんたらは何者だ?」

「安だ。安正男だ。この隣にいるのは、蛇喰探偵事務所の蛇喰さんだ」

「知らねえなあ」

「あんたの親父さんは、なかなか義理堅い男だったが、息子とは随分違うようだ。味噌とクソくらいにな」

安がそう言うと、崔の顔が歪んだ。

「何だとお!」

麻雀卓を囲んでいた他の3人が一斉に立ち上がった。

「まあ待て」

立ち上がった男たちを、崔がなだめる。

「安さん、あんたが敬慕の念を抱いていてくれている親父は、3ヶ月ほど前に風呂に入ろうとして脳梗塞を発症してしまった。今では、ほとんど植物人間になってしまった」



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