第13話 遅めの昼食

彼女が、こちらの掴んでいた腕を引き離し手の甲で涙を拭きながら顔を上げた。

「私は今までいいか悪いかよりも、自分の直感力を頼りに全力で突っ走って来た。とにかく弘宗を抱え、必死だった。周りを見ることも無く、どんな誹謗中傷も気にして来なかった。だけどそれは、昔は何も無かったからただガムシャラに出来た事であって、今のように年商80億に迫って来ると守るべき物が出来て、これらを壊す事が非常に怖いのよ。後の私は、弘宗のためにもこの会社を残さなければならないのよ。例えどんな妨害なんかにあったとしても負けてなんかいられないわ」


あの息子に全てを譲りたいだって?高速でスリル満点のジェットコースターを5回連続で乗ったような気分になった。吐き気しか催さない。どうして、あんな息子に、会社を継がせたいのだろう?それが親という物なのだろうか。あんな言葉を喋るチンパンジーみたいな息子に、会社の命運を託すなんて、悪い冗談としか思えなかった。


「食事はどうするの?」

「考えてもいなかった」

そう答えると、彼女が不思議そうな顔をした。

「どういう事?」

「色々考えていたのでね。食事をするっあう事を忘れていたんだよ」

「今からデリバリーを頼むわよ。あなたも一緒にいかが?」

「ありがたい」

そう答えると、先程まで読んでいたメールなどの資料を脇に片付けた。彼女がインターコムで秘書の嶋田に「昼食の用意をするように」と告げた。


「あなたは弘宗の事、どう思う?」

「どうって?」

「将来、会社を譲り渡しても大丈夫かって事」

あんな中身が詰まっていない息子にか?頭を振ったら「カラン」と音が鳴りそうじゃないか。まだ便所の下駄の方が、きっといい音がするはずだ。そんなストレートな事を言うには、さすがに憚られる。

「部外者に訊ねる話しではないだろう。ましてや、まだ良くここの会社の事をわかっていない」

彼女が「うんうん」と頷いた。インカムが鳴った。立ち上がるとインカムのスイッチを押して答える。


「はい」

「社長、昼食がご用意出来ました」

秘書の嶋田詩織からだった。

「わかったわ。隣の会議室に用意しておいて」

彼女が振り返利用者ニッコリと笑った。まるでその仕草は、アイドル歌手の昔のイメージ映像のようだった。

「蛇喰さん、どうぞ」

京都経済界のアイドル的存在。京都の年配の経営者たらちは、彼女と話すとつい笑顔になってしまうのだろう。祇園から出た魔女。親父たちを手の平の上で転がし、丁度20代前半から30歳までのその時代はバブル期の絶頂期だった。


彼女の誕生日には常連客から送られた花輪が、雑居ビルの店のドアから店のある廊下へと続き、雑居ビルの入口、そして祇園新町の道路まで並べられ飾られたという伝説の持ち主だった。シャンパンタワーが、店の中に3つ。ピンクのドンペリのボトルが百数十本空いたという。

今では随分祇園も静かになってしまったと聞いた。昔のようにはいかない物なのだ。時代は進む。それは、京都の伝統産業が衰退とも当然関連しているのだろう。


秘書室を通り抜け会議室に向かった。仕出し弁当とお茶が用意されており、彼女と向かい合わせになりながら食事を一緒に取った。










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