第12話 待機中

「何か、わかって?」

そう言って、こちらが座っている椅子の横に立った。ドギマギしてきた。

「いいや。あなたが言うように、ここ1ヶ月ほど前からから急に批判が強くなっているのがわかったぐらいだ。だが、何故なんだろう?何か心当たりは?」

「1ヶ月くらいからよね‥‥。検討もつかないわ」

ため息混じりに西崎が呟いた。

「何か思い当たる点でも?」

「無いわよ。あるわけ無いじゃない?」

そう言うと、横の席にゆっくり腰かけた。


メールの内容や、Instagram、Facebookに書かれている内容には、それほどのハンナリマッタリーが運営する事業に対して、それほどの落ち度と言えるのだろうかという思いの内容に対して、「事業を閉鎖しろ」という言葉や、「店舗を開けている資格がない」という物も中にはあった。そこまで書き込む怒りとはどういう物なのだろうか。謎だらけだった。


またこのおかしな書き込みをしている連中が、外国人であるかもしれないということは言わない事にした。まだはっきりしない事を言って、いたずらに彼女を混乱させる事は避けたかったからだ。


突然、西崎が鼻で笑い出した。何故笑うのだろうかと不思議に思い彼女を見つめた。

「ただの思い過ごしかもしれないのにね?」

「いや、そうじゃない。これらのメールには、何かしらの執念というのかな?狂気、その物を感じる。やっぱり万全を期していた方がいいかもしれない」

「誰かをここに呼んでいるの?」 

そう言って、小首を傾けた。

「1人、今は呼んでいる。アンジョンナム。日本名は安正男。在日三世だ。凄く信用できる人物だよ」

「安正男?」

「ああ。大阪からこちらに向かっている」

「私は、あなたに任せたのよ。誰に声をかけメンバーを募ろうが、揃えようが、私の知った事ではないわ。何かおかしな事が、起こらないにあなた方を雇うのよ。わかってらっしゃるわね?」

何かおかしな事という度合いがわからなかった。


「今はまだ嫌がらせのような段階だが、これらを書いている何者かが今後、暴力的な行動に出てないとは限らない。暴力や、破壊活動に出てきたとしたら、いわゆる警察事案となった場合、こちらとしては手を引かざるをえない」

彼女の顔が、一瞬で青ざめ怯えた顔つきになった。

「今すぐにそうなるということではないとは思う。だが、いいですか?こちらとしては、最悪の事態という事を常に考えなくてはならない」

「あなたがたは、嫌がらせを辞めさせる事は出来ない無いという事なのね」

そう彼女が突き放した口調でこう言った。


「出来ないとか、そういう事ではない。また警察事案になる事を待っているという物でもない。ただ自分たちは、警察では無いので出来る事は非常に限られている。それはわかって欲しい。だからといって、やらないとは言っていない。限られた中で精一杯やる。そして後はあなたの覚悟を聞いている」


「わかったわ。でも私に覚悟が無いとでも思っているの?あなたがたに、月500万も出すのよ。今回のこの執拗な書き込みに対して危機感を感じているわ。よくわからないけど、何か良くない事が起こりそうな気配がするのよ。全く何の根拠も無いけどね。でもね、私のこの予感は結構当たるのよ」


なるほど、その予感でこれだけの会社にしたというのか。

「わかりました。全力をかけてやります」

「お願い。蛇喰さん、助けて頂戴」

突然、崩れるようにテーブルに上体を預けると、今度はこちらがテーブルの上に置いた右腕を両手を掴んで彼女が、自分の頭を載せると泣くような震える声でそう言った。何やら芝居がかった大袈裟な動きだった。鼻腔を彼女の香水の香りで満ちた。ボリュームある髪の毛が揺れる。こんな姿を見せられたら、男としてはドーバー海峡だって泳いで渡る勢いだ。西崎美咲は、男の心根を熱くさせる女だった。またいざという時に無防備になれる女でもあった。



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