デスマッチ

針井伽羅藩

株式会社ハンナリマッタリー

第1話 依頼人 

今からのアポイントメントの相手は、西崎美咲、56歳。株式会社ハンナリマッタリーの女社長。

1代で会社を上場企業までに押し上げた凄腕だ。元は祇園のホステスで、当時その美貌は、1、2を争っていたという。今の年齢は、50代半ばかくらいだろうか。しかし、全然そのようには見えない。30代半ばだと言われたら、皆そうだと納得するだろう。まさに美魔女だ。年齢不詳といった存在だった。


事業規模を順調に拡大し、ここ10年前と比べてグループ全体の売り上げは6倍になった。業種もホテル、民泊、不動産、飲食業、エステサロン、化粧品事業など手広くしていた。未だに結婚はしていないが、子供が1人いる。噂では、京都のベンチャー企業の婚姻関係のある男性との間に出来た子供だとか、また大企業の婚姻関係がある社長との婚外子だとか、莫大な慰謝料を元手に現在の事業を始めたとか様々な噂が言われているが、真実はわからない。


その1人息子は大学生となり、コイツがまたとんでもなくデキが悪いという話しだった。女性がらみのいざこざで何度か刑事事件になりかけたところを、その西崎の財力で示談になるように揉み消したらしい。


それが今度の新しい依頼人のザッとした概要だ。その情報源の元は、昔からの知り合いで東大阪新聞の記者板垣次郎からのもたらされた物だった。


自分は、3年ほど前に大阪府警を退職した。そしてその年半ほど後に大阪南港の空き木材事務所を借りて、私立探偵事務所として開業したのだ。ここは大阪とはいえ、すっかり産業構造が変わり、この辺りは過疎化が著しい。周りは空き事務所ばかりになり、閑古鳥が鳴きまくっていた。


外国からの輸出丸太が、オールドグロスと呼ばれる木目の細かい太い樹木の伐採が自然保護のために規制されたり、また自国の雇用を生み出すために丸太そのものの輸出を制限する代わりに加工した製材製品を輸出するようになり、丸太その物の輸出が激減してしてしまった。今では海の堀の貯木場は閑散としていた。全盛時には25社あった丸太を管理仕分けする筏屋が、今ではたった1社になってしまった。


安いだけで事務所を借りたのは間違いだった。この周辺には人の姿が見られ無い街になってしまった。やはり無理をしてでも、ミナミやキタで事務所を開けるべきだった。


そんな青息吐息の時に、依頼人から「京都に来る出張経費をも含めて全て支払うので話をしたい」と言われれば、カスバの女の歌詞では無いが、ここは地の果てアルジェリアとまでは言わないまでも地の果ての手前チュニジアくらいまでは行ってもいい。依頼人が、「元大阪府警の刑事」というのを気に入ってくれたからだった。セールスポイントというのは大切なものじゃないか。


既に退職して3年が経ち、今では少し薄汚れた看板になっているというのが本当のところだろうか。しかし、彼女は何処でこの探偵の事を知ったのだろう。大して宣伝も出来ていないし、ホームページも他の大手の探偵事務所の中に埋没していうのに。


西崎美咲の自宅兼事務所は、嵐山の奥にあった。タクシーに乗車する。京福電車の嵐山駅前には平日といえ多くのアジア系の外国人旅行者たちが訪れていた。天龍寺の前の歩道から人が溢れ出るようにして歩いていた。更にタクシーは東に向かい踏切を横切った後、突如北に向かった。暫くしてタクシーの運転手が、車をスローダウンさせた。


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