虹の橋を渡る

 モーターという名前は初耳だけど、爆弾をシュポンと打ち上げる奴だな。それが、六基むっつも揃っている。周囲に並べられた木箱は、弾薬か。


「目標、現在、橋の北東約四キロ二哩半。ビオー、あなたが砲撃観測を」

「おう」


 ヘッドセットで会話していたミスネルさんは、地図を指して仲間たちに迎撃の指示を出す。

 どうやら上空の有翼族偵察員から、傀儡ミキマフの位置が報告されたらしい。


「ルッキ、“T-55戦車ごーごー”で牽制をお願い。WPうぃりぴーを飛ばすから」

「わかってる、平野部したには出ない!」


 ルッキと呼ばれたのは、ドワーフと思われる小柄な男性。似たような背格好のドワーフふたりと、どこかへ駆け出してく。

 彼らを見ていたオーウェさんとメイヴさんが、こちらを振り返って声を掛ける。


「ミスネル、ナパーム投下は必要?」

「ありがとう、でも今回は、埋設したうめた方を使うわ」


 蚊帳の外でキョロキョロしていると、外で凄いエンジン音が鳴った。興味を惹かれてテラスに出るジュニパー。あたしたちもミスネルさんに断って後に続いた。テラスというより防衛用銃座なのか、ここなら建物の外周に沿って外が見渡せる。

 少し高めの縁から外を覗くと、建物の裏手で戦車が動き出すのが見えた。機械類に目がないジュニパーが目を丸くする。


「ねえシェーナ、あれ何かわかる?」

「……ああ、うん。戦車だな」


 すげえな魔王。あんなもんまで持ち込んでるのか。さすがに現実味がなさすぎて、他人事のようにしか思えん。サイモン爺さんから買えたとしても、あたしには動かせる気がしない。


「「せんしゃ?」」


 ミュニオとジュニパーが首を傾げているが、なんて説明したらいいやら。

 あたし自身、情報過多で頭がいっぱいなんだが。


「なんというか……ものすごーく丈夫で、ものすごくーデカい銃を積んだ車みたいなもん、かな。」


 アホの子みたいなあたしの説明に、ふたりは納得してくれたようだ。これまでにもパトロールボートやらヘリコプターやら、たしかミュニオは軍艦みたいなのまで見てるから、案外なんでも受け入れる状態なのかもしれんけど。

 テラスからは、あれこれ指示を出すミスネルさんと、バタバタ走り回るひとたちが見える。みんな忙しそうななか、あたしたちだけ手持ち無沙汰で落ち着かない。


「ミスネルさん、あたしたち手を貸せることがあったらいって」

「ありがとうシェーナ。迫撃砲もーたー手作り爆弾あいいーでーでなんとかする」


 ここにきて一気に知らん単語が増えすぎだ。今度は“あいいーでー”ってのが何やらわからんけど、大丈夫そうなので余計な手出しはしない。

 リボルバーと散弾銃では、いま戦力として役に立つ気もしない。


「シェーナ、これから攻撃に入るわ。できればここにいて欲しいけど、もし外に出るとしたら施設前の平地までにして」

「了解」

施設の北西側うらがわは戦車が動くから入っちゃダメ」

「わかってる」


 ミスネルさんは地図の前で仲間たちの指揮を取るようだ。こちらは邪魔にならないようにしつつ、周囲の警戒を続ける。

 なんだか、嫌な感じがしていた。予感とかじゃない。この異様な違和感、正体はミキマフでもない。

 ジュニパーとミュニオの表情からしても、この感覚は確信だ。絶対に、来る。


 あいつが。


◇ ◇


巨大ミキマフくぐつ、視認!」


 外でクマ獣人ビオーさんが叫ぶ声がした。北側の崖際に並べられた迫撃砲モーターの前で、獣人グループを率いて攻撃の用意をしているのが見える。その彼らの奥、橋を越えた森のなかに緑色の影が動いていた。距離は一キロ以上あり、あたしの視力では漠然としたシルエットでしかない。人型といえば人型に、見えなくもないか。


「前より大きくなってるみたいだね」


 ジュニパーの言葉に、ミュニオも頷く。接近するにつれて、姿が見えてくる。サイズはともかく、前に見たときよりもミキマフのディテールがなくなってる。

 かろうじて四肢と頭があるだけの、樹木とツタで作られた木偶人形だ。


「大きいっていっても、あれ中身は……うぉう⁉︎」


 裏手で戦車からの攻撃が開始される。重たい機関銃の連射音が響いた後、ドゴンと轟音が鳴った。戦車砲弾が当たったのか、森から出てきた傀儡ミキマフが少しだけぐらつく。

 でも、それだけだ。動きは止まらず、さほどダメージを与えた様子もない。


「戦車砲でも、タマは貫通するぬけるか」

「注意を引くだけでいいわ」


 テラスに出てきたひとたちの会話からすると、効かないのはある程度、想定内だったようだ。

 その間にもデカブツはこちらに向かってくる。いまは橋まで数十メートルのところまできている。


傀儡あれって、ミキマフの意識は残ってるのかな」

「わからない。もし意識があるとしても、それが誰のものか判別する方法がないの」


 北東おもて側で、なにか号令を掛ける声。ビオーさんだ。

 二脚で斜め向きにされた迫撃砲モーターが六基。それぞれにふたりずつ操作担当がいて、小さめの優勝者カップくらいある砲弾を手にしたまま発射の合図を待っている。

 傀儡は周囲を警戒するように足を止めるが、ゆっくり橋を渡り始めた。全長二、三十メートル、幅も七、八メートルはある大きく丈夫そうな橋が巨大ミキマフの通過で揺れ始める。

 最初から内懐に入れる計画なんだろうけれども。孤立無援での防衛戦ばかりしてきたあたしたちには、あっさり攻め込まれているようで落ち着かない。


「まだだ」


 ビオーさんが仲間の獣人たちに短く命じる。

 完全に渡り切ったところで、傀儡ミキマフが四つん這いになった。周囲を見渡しながら、樹木が軋むような声を上げている。ぞわぞわと手足からツタが広がる。シルエットは人間に近かった姿が、どんどん崩れてゆく。


 嫌な感じが、急に強くなった。

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