うねる波浪
凄まじい雷撃音とともに目の前が真っ白になって、一瞬あたしは死を覚悟した。大量の水飛沫が幕府のように頭上から降り注いでくる。冷たくて、痛くて、しょっぱい。
ああ、とりあえずは生きてる。
「みんな、無事ッ⁉︎」
ジュニパーの操船で辛くも直撃を免れたらしい。あぐあぐと呻き声を漏らすものの、耳がキーンとして上手く言葉が出ない。
「ジュニパー、もっと接近するの!」
裏返ったような声で叫ぶミュニオ。それに応えてパトロールボートは真っ直ぐ砲艦に向かう。
左右から包囲しようとしていた三隻の小型船――といっても、こちらより大きいのだが――は読みを誤ったのかグダグダと転針しながら追いすがってくる。速度で勝るパトロールボートが補足される心配はない。そんな事態があるとしたら、エンジンにダメージを負ったときぐらい。
そのときは、遠雷砲の餌食になって死ぬだけだ。
「ジュニパー、少しだけ左に向けて!」
後部デッキの銃機関銃架を向けるには、直進状態では射角が限定される。ミュニオの声でパトロールボートはわずかに舵を切った。
その直後、腹に響く重低音とともに重機関銃弾が砲艦の舷側で激しく火花を散らす。
「やったか⁉︎」
「被害は、わからないの! 遠雷砲の魔力充填まで、砲門を閉じてるの!」
舷側に鉄を貼った外洋航海用の戦闘艦。こちらの造船技術や防御能力がどれほどのものかは、わからないけど。
少なくとも攻撃能力は脅威だと思い知らされた。
「また砲門が開く可能性は⁉︎」
「大丈夫なの! あと
波飛沫と風の音とエンジンの轟音のなか、ミュニオがコード重機関銃の弾薬箱を取り替えながら叫ぶ。
どうやら遠雷砲は雷撃の被害が味方にダメージを与える可能性があるとかで、
「じゃあ、そこから先なら……」
「投石砲の射程に入るの!」
……ダメじゃん。
いってるそばから敵は近接戦闘に対応したらしく、ミュニオの指す砲艦の甲板あたりで投石砲とやらが発射され始めた。ひょいひょいと放り上げられた丸い物がこちらに向かって五月雨式に降り注いでくる。
飛び方を見る限り大きさや重さもバラバラで、その数も百や二百じゃない。発射されるタマはたぶん砲丸みたいのではなく、バスケット的なものに入れられているんだろう。
「ジュニパー、回避……」
「だいじょーぶッ!」
いや、なにが。ジュニパーさん全然、大丈夫じゃないと思うんだけど。
ここで真っ直ぐ弾雨に突っ込んでくのは、どうなの。
とはいえ操船は任せるしかない。いまさら逃げも隠れもできない。
驚いたことに、パトロールボートは加減速と方向転換だけで見事に弾雨を
「すげぇーッ! さすがジュニパー!」
「やったの♪」
「……ッひゅんッ」
なんか鼻水吹いたみたいな音が小さく聞こえてきたけど、こちらはそれどころではない。
砲艦の船体を掠めるように駆け抜けながら、ミュニオは喫水線あたりを重機関銃弾で薙ぎ払う。
さすがに効果は望めないだろうけれども、あたしも
弾薬箱を入れ替えたミュニオがスタンバイしながら見据えていたが、遠雷砲も投石砲も、こちらへの追撃はない。
「……シェーナ、やったの」
砲艦の巨大な船体が少しずつ傾き始めていた。
脱出用のボートを下ろそうとしているのか、甲板から貨物や小舟や人影がパラパラと海に落ち始める。それと同時に砲艦は必死に回頭しているらしいことがわかった。沈む前に接岸したいのか、無傷の左舷砲門をこちらに向けたいのかはわからない。いずれにせよ、どんどん傾斜がキツくなるなかで思うようにいっていない。
いまこちらは砲艦の右舷後方だ。のろのろ左舷を向ける頃まで、その場に留まっていたりはしない。
なにより、その前に浸水と傾きが限界を超えるだろう。
「なにか、甲板で動きがあるの」
ミュニオにいわれて目を凝らすと、後部甲板から何か小さなものが飛び降りてきた。
海面に当たっても水飛沫は上がらず、わずかに航跡を引きながらこちらに向かってくる。
「なに、あれ⁉︎」
「エルフの魔導騎兵……たぶん、騎乗してるのは、
つまりは乗ってるのはエルフの手練れで、乗せてるのはジュニパーの親戚か。
「どうする。
「ミュニオ! シェーナ!」
操舵室からジュニパーの、なんでか弾む声が聞こえてきた。
「このまま行こうよ!」
いま、あたしたちはみんなで戦ってる。そして、あたしたちの
「うん!」
「行け、ジュニパー! 思いっ切り、ぶちかませ!」
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