ロゥハイド

「ジュニパァー! 最高速度で左旋回ッ!」

「まーかせてーッ!」


 波と風とエンジンの唸りのなか、あたしは操舵室に指示を伝える。さらに加速し始めた船体は、湾内いっぱいに大きく弧を描いて疾走する。海棲馬シーホースの能力がどれほどかは知らんんけど、水棲馬ケルピーモードのジュニパーと並ぶくらいだとしたら、速度も機動性もこちらを上回ってくるだろう。

 あたしもミュニオもジュニパーも、それを理解した上で待ち受ける。


「あたしは左舷に出る。ここは任せた」

「任されたの♪」


 チビエルフな真王は、弾む声で応えると重機関銃架に寄り添う。背に回した愛用のカービン銃マーリンを、後ろ手で確認している。弾帯交換の時間的空隙タイムラグを待ってはくれないとの判断だろう。

 こちらは自動式散弾銃オート5大粒の鹿用散弾バックショットをフル装填。バックアップは懐収納に入った八連発の大型リボルバーレッドホークだ。


「さあ、やろうぜぇッ!」

「「うんッ!」」


 宣言に答えるかのように、何か黒っぽい塊が左舷後方から突っ込んできた。凄まじい勢いのままコード重機関銃の弾幕を掻い潜って、こちらの進路に交差しようと並びかけてくる。

 機動性も旋回性能も、単騎となればパトロールボートより早い。おまけに速度もだ。

 シーホース。見るのは初めてだが、シルエットはケルピーよりも少し大きく、長い。その背に伏せていた兵士が身を起こすと巨大な弓を引き絞るのが見えた。


「けッ、ふざけんなよッ!」


 距離百五十メートル。九発の散弾を叩き込むが、青白い光に弾かれた。ショットガンでも破れない魔導防壁か。となれば357マグナムでも難しいかもな。

 レッドホークで八発を撃ち込む。案の定、二発ほど弾かれて、他は避けられた。さすが魔物。俊敏性も高い。


「……災禍の種を、いまこそ……ッ!」


 叫び声を上げた男の顔を、機関銃架のミュニオが真っ直ぐに見据える。その顔にはもう、迷いも怯みもない。銃火に照らし出された顔は、薄く笑みを浮かべたように見えた。


「……ッぷぁ」


 並走する航跡が乱れて、水飛沫にビチッと血煙が混じる。魔導防壁は粉微塵に砕かれ、青白い魔力光を海面に振り撒いた。

 巨大な牛が鳴くような悲鳴。

 海棲馬の首がねじれて前脚が折れ、つんのめるようにして海面に突っ込んだ。空中に放り出された男は、身を捻りながら腰の剣を抜こうとしている。それで何をどうしようというのかはわからない。両足に青白い光が瞬いた。驚いたことに海面を蹴って、男はこちらへと迫る。

 いまや全身から、そして抜き放った剣からも魔力光を煌めかせて。裂帛の気合いとともに斬り込んでくる。


「りゃあああああぁ……ッ!」


 重機関銃を放り出し、ミュニオが舷側で迎え撃つ。背中から回したカービン銃マーリンを、肩付けで構える。マグナム弾は通用しないんじゃないか。さっき弾いた魔導防壁が、男のものか海棲馬のものかは知らんけど。

 一発目は弾かれた。ぐんぐん迫る男が勝ち誇ったような顔で剣を振りかぶる。

 二発、三発。同じ場所に当たったマグナム弾が青白い光に阻まれる。やっぱり、無理があんじゃないのか、それ。あたしが重機関銃で支援しようと思ったものの、揺れる船上でたどり着いた頃には終わってる。

 四発、五発、六発。青白い光の弾け方が歪になってきた。抵抗しているような、拮抗しているような。

 七発、八発。同じ場所に当たったマグナム弾が、ついに防壁を砕く。でも、もう弾薬は一発しかない。|薬室にも装填していたとしても二発。男はミュニオを剣の間合いに捉えている。


「ッ!」


 銀の光が瞬き、ひゅんと空を切る。わずかに身を傾けたミュニオは、躱した姿勢から逆に切り返す。

 突っ込んできた勢いのまま体当たりしかけた男の顔面に、マーリンの銃床が振り抜かれる。カウンターで叩きつけられた顔がひしゃげ、血と歯が散らばる。空中を泳いで右舷に落下しかけた男の後頭部が、追撃のマグナム弾でスイカのように破裂した。


「……ふぅ」


 窓から操舵室を覗くと、こちらを気にしているジュニパーが見えた。あたしは手振りで減速するように伝えた。こちらの表情で勝ったことはわかったんだろう。ニーッと無邪気な笑みが返ってきた。


「やったね!」

「ああ。とりあえずはな。まさか、あれが偽王ミキマフってことはないだろ?」

「……あれ、いえーぃるず」


 操舵室の隅で子供たちを守ってくれてたルイナが、あたしに声を掛ける。


「なんて?」

「いぇーぃるず、っていう……エルフの兵隊の、いちばん偉い奴」


 なるほど。あんまり詳しくないけど、将軍とか、大将とか……なんか、そんな?

 そんなのが単騎で突っ込んでくるのも意味わからんが、それをカウンターパンチで沈めるミュニオも意味わからんといえば、わからん。


「まあ、結果オーライ」

「だね」


 操舵室から出てきて、ジュニパーは笑う。爆乳ケルピーなヅカ美女は、カービン銃に寄りかかって苦笑するミュニオを抱き締めるとグリグリと頬擦りし始めた。


「すごいよミュニオ」

「わたし、だけじゃないの。みんなの、おかげなの」


 ミュニオとジュニパーが抱き合ったまま振り返り、こちらに片手を伸ばしてくる。


「え」


 ニッと満面の笑みで求められると、拒絶するのも悪いような気がしてくる。抱き寄せられたあたしは、ふたりに抱擁を返し、頬を寄せる。最初はクスクス笑いだったけど、三人とも大笑い始めた。

 戦闘の緊張状態から揺り返しでテンションがおかしくなっているな。


 そんなあたしたちを、ルイナと子供たちが不思議そうに見ていた。

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