紅の解放者

「……ナ、シェーナ?」


 一瞬気が遠くなって、あたしは気付くと空を見上げていた。

 魔力切れで、ぶっ倒れていたみたいだ。ミュニオに介抱されて意識を取り戻したんだろう。チビエルフの心配そうな顔が、すぐ近くにある。


「……あれ、なんで空が、明るいんだ? ちょっと前まで、夜じゃなかったっけ……」


 波の音がして記憶が戻ってくると、あたしはハッと飛び起きた。


「おい、ボートは⁉︎」

「落ち着いて、無事に戻ったの」


 なんでか、あたしたちは元いた帆船の前部甲板ではなく、爺さんから受け取ったボートのデッキにいた。

 向こうの世界との接続が切れた後にどういうルールで動いているのかは不明ながら、ボートごと甲板に転がされることにはならなかったらしい。


「ったく……ちょっと物資調達のつもりが、えらく時間食ったな」


 ジュニパーがボートの操縦席から出てくる。


「シェーナ、目が覚めたんだね。大丈夫?」

「ああ、なんとか。こっちの状況は、どうなってる」

「船ごと戻ってきて、まだそんなに経ってないけど、いまのところ船上に動きはないね。音もしないし、手漕用の櫂パドルも動いてない」


 帆船は、すぐそばに浮かんでいた。

 デッキは向こうが十メートル近く高いので、ボートから見えるのは船体側面と舷側ふちくらいだけど。


「ふたりとも魔力切れだよ。しばらく動かない方がいい。ぼくが調べてくるから」

「ダメだ」


 考える間もなく、思わずポロリと本音が出た。

 魔力がどんなかイマイチ実感はないにせよ、気力体力を根こそぎ持ってかれて余裕がなくなってるのが自分でもわかる。


「でも、ほら……」

「それが、正しい判断かも、しれんけど。知らんし。嫌なんだよ。……ひとりでは、行かせない」


 困った顔で笑って、ジュニパーはあたしとミュニオを抱き締める。フワッと流れ込んでくる温かいものがあって、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「うん、わかった。みんなで、行こう」


 優しいジュニパーは水棲馬ケルピー形態になってあたしたちを背に乗せる。

 ボートのデッキから海面に滑り出すと、帆船を大きく回り込みながら勢いをつけてジャンプする。

 後部甲板に降り立った彼女は爆乳美女の姿に変わって、あたしとミュニオをダブルお姫様抱っこから静かに下ろしてくれた。なんだ、その男前ぶり。


「……ありがと、ジュニパー」

「さあ、お嬢さんたち。囚われのお仲間を救いに参りましょう」

「よし、前衛にあたしとジュニパー。ミュニオは遠い敵を頼む」

「「うん」」


 船尾にある小屋みたいのが船長室らしい。覗いてみたが無人で、目ぼしいものはなかった。十数枚の金貨銀貨が入った革袋がひとつと、宝石や貴金属類が入った小箱がひとつ。海賊はあまり儲からないのか。

 後部甲板の左右にある階段から、下を窺いつつ階下へと降りる。狭い通路と船内で長い散弾銃は自由に動かせない。今回はあたしもジュニパーも大型リボルバーレッドホーク装備だ。ミュニオにも別の銃器を使うか確認したけれども、慣れたカービン銃マーリンで大丈夫だと断られた。


 デッキからすぐ下の階は、大量のハンモックがぶら下がっていた。隅には山ほどの樽や木箱が縄で固定されている。

 遮蔽の影を確認してみるが、ひとの気配はない。


「ここは……船員の居住区か?」

「そうみたいだね。捕まってるとしたら、もうひとつ下だ」


 そこから下へ降りる階段を見付けたが、さらに狭い。一度に通過できるのはひとりだ。降りた先も薄暗くて狭い上に変な臭いがしてる。妙な気配もだ。


「シェーナ、敵が待ち伏せてるよ」

「わかってる。ジュニパーよりあたしの方が素早く入れる。なかでショットガンを出すから、ちょっとだけ待っててくれ」


 ふと思い付いて、階段の脇にあった水樽を下に転がす。


「来やがったぞ! 殺せ!」


 バタバタ動く音がして、飛んできた手斧が水樽を砕いた。その隙に階段を滑り降りて、近付いてくる人影を撃つ。銃火に照らされた男は目を丸くして膝から崩れた。その後ろで曲刀を振り上げようとした男も38スペシャル弾を二発喰らうと血を噴いて倒れる。


「いいぞ」


 ジュニパーとミュニオが階段を降りてきた。敵の姿は見当たらないけど、まだ息を潜めているような気配はある。

 ミュニオが暗がりを見据えて三発、奥で木箱が崩れ落ちる音がした。あたしには見えないけど、357マグナム弾が敵を捉えたらしい。


「もう、大丈夫なの」

「ありがとう。ここは……」

「櫓の漕ぎ手が座る場所みたい。船倉は、この下だね」


 そんなにフロア多いのか。この船、三層構造を取れるほど高さがあるようには見えなかったんだけどな。

 あたしの想像は、そんなに間違ってなかった。そこから下に降りる階段はなく、船の後部に木の跳ね上げ扉があるだけだ。

 そこを開けると、押し殺した悲鳴が上がる。


「大丈夫だ、助けに来た」


 ……ふざけやがって。こんなの、船倉でもなんでもねえ。

 あたしはあまりの扱いに怒りを覚える。水の染み出した船底の竜骨と梁の隙間に、怯え切った男女が二十人ほど無理やりに詰め込まれていたのだ。

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