迷子のタファと迷走する心
関門から出たあたしたちは、ランクルに乗って兵舎に向かう。練兵場というのか、グラウンドのような場所にひと気はない。建物の方からも、気配は伝わってこない。
「騎兵七、歩兵三、弓兵一で全部か?」
「ここの役割が足止めと連絡だけなら、そんなに不自然じゃないかも」
兵舎といっても平屋のプレハブを連結したようなものだ。幅が十五メートルほどで、奥行きは七、八メートルくらいか。十一人が暮らす場所としては狭いけど、一時的な宿泊施設としてならわからんでもない。
ショットガンを持って扉の陰から内部を見る。木箱を組んだようなベッドが二十近く並んでいて、飛び出してきた名残なのか私物が散らばっている。
詰所でも見たカードゲームみたいな木の札。賭け金らしい銅貨の山。干し肉と、素焼きの瓶と、木杯。いくつかの四角い石。
「剣を研いでたんだよ」
ジュニパーの説明で理解した。入り口から遠い位置にある未使用のベッドには使い古された甲冑がキチンと整理して置かれてる。たまたま不在なのか死んだ仲間なのか、それが五つあった。
こういうの、わざわざ見に来るんじゃなかったかもな。死者が――それも自分が殺した相手が――暮らしてた頃の痕跡なんて、気が滅入るだけだ。これまで無視して先を急いでいたのに、ここでようやく理解した。
「奥から、物音がした」
入り口から見て突き当たりにある部屋。扉だけで窓や開口部はなく、なかの様子はわからない。
「動くな! 身動きしたら殺す!」
「……ッひ!」
……ああ。身動き、できんわな。
執務室なのか机と椅子が置かれた部屋の隅で、男の子が椅子に縛られていた。
「どこの子だ、こいつ」
「さあ。訊いてみようか」
縛られた手足はそのまま、猿轡のような布を解いて男の子の顔を覗き込む。
耳は長くない。見た感じ、人間ぽい。年齢はわかんないけど、元いた世界でいうと小学校低学年くらいか。
「お前は、どこのどいつだ。ここで何してる」
「マーイヘン」
「?」
マーイヘン? こいつの名前か?
「やまの、うえの、むら。ぼく、タファ」
「マーイヘン村の、タファな。なんで縛られてんだ?」
「まりょく、なかったから。なかまは、どこかって……」
「仲間の居場所を訊かれたのか。あいつらは、お前の仲間を見付けて、どうすんだ」
「つれてく。ほかの、むら……みんな、つれてかれた」
う〜ん……? わからん。いまひとつ、この子とコミュニケーションが取れてる気がしない。
あたしたちの会話を黙って聞いていたミュニオが助け舟を出す。
「待って、どこに連れてかれたの?」
「ひがしの、こーわんよーさい。きた、たいりくに、うるって」
東の港湾要塞……北大陸に、売る? エルフを?
「ふざ、けんなよッ! なんだそれ!」
「ひッ⁉︎」
「落ち着いてシェーナ、この子に怒ってもしょうがないよ」
「あ、ああ。悪い、お前に……怒ったわけじゃないんだ」
ビクビクしながらも、謝罪は受け入れてくれた。そして、港湾要塞とやらの位置も教えてくれた。
ここから北東に百二十哩の海岸線。一・六倍だから……だいたい二百キロくらいか。そこに、港湾要塞というのは、半世紀だか四半世紀だか前まで帝国海軍の海軍基地だった場所だ。そこに帝国兵士崩れの海賊とその子孫が巣食っている。
そいつらとミキマフの手下が、手を結んで奴隷貿易を行っているらしい。
「どうする、シェーナ?」
「助けるに決まってンだろ」
「……むり」
タファは泣きそうな顔で首を振る。
「やま、みたいな、ふね。だれも、ちかづけない。だれも、おいつけない」
盾と曲刀で武装した命知らずの海賊は死に物狂いで向かってくるし、海の上に逃げられたら陸からの攻撃は届かない。逆に船からは遠雷砲とか投石砲で攻撃し放題という状況で山に暮らすエルフの戦士はどんどん殺されてしまったのだとか。
「知るかよ」
「え?」
「勝とうが負けようが、向かってこようが逃げようが、そんなもん知るか。みんな殺してやるんだ。ソルベシアを好き勝手にする奴らは、みんなだ」
「だね♪」
「で……でもシェーナ、ジュニパー」
ジュニパーは即答。ミュニオには迷いがあるようだけど。
ここまできても……いや、ここまで来たからこそ、まだ彼女はあたしたちを巻き込むことを恐れてる。
問答無用でふたりを抱きしめ、あたしは耳元で囁く。
「ここは、ミュニオの両親の故郷なんだろ。だったら、ミキマフの手下なんかに、好き勝手させるかよ。あたしは行くぞ。ついてくるかどうか、決めてくれ」
あたしの手を押し返して、ミュニオは伏せていた顔を上げる。静かな笑みを浮かべて、目に闘志を燃やして。
「わたしは、ふたりと行くの。どこでも。……どこまででも」
「ふ……ッぷはははは」
「「あははははは……!」」
ポカンとした顔で、タファはあたしたちを見る。揃って薄気味悪い笑みを浮かべながら抱きしめ合う、珍妙な女の三人組を。
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