(回想)猛る森と狂う者たち

「なんだ、ありゃ……聞いてた以上だなオイ」


 ヤダルは笑いながら、押し寄せる緑の瀑布にハンヴィーを走らせる。笑っている場合ではないと思いつつ、わたしも止めはしない。


「ねえヤダル、なんでそんなに落ち着いてるの?」

「さあなー。でも、ずーっとだ。あたしも、爺さんたちも。なんか、クソみてーな大事なもんを、どっかに置いてきちまった感じがすんだよ。ここに来たらさ、なんかわかんじゃねえかって、思ったんだけどなー」


 ふだんそれほど喋る方ではないヤダルだが、運転中と戦闘中は饒舌になる。あまり意味のないことを、独り言のように話し出す。

 たぶん、いまのがそれだ。心の整理、まあ寝言みたいなものだ。


「……大事なもの?」

「いや、上手くいえねえけど。なんか、臭くて汚いけど捨てられねえ古い毛布みたいなもんだ。お前は違うのかよ、ミスネル?」


 わたしは、答えなかった。理解できる気もするが、あまり直視したくない問題という気もする。


「ヤダル、もうちょっと寄せて」

「おう」


 こちらに向かってくるハイダル王とエアルは背後に迫ってくる奔流に巻き込まれる寸前だ。車輪が乗り越えられる限界まで近付けるが、こちらの救出はギリギリ届かないように見える。


「逃げて!」

「いいからー、ホラ走れー!」


 ハイダル王の意図は身振りだけでも伝わっていたが、ヤダルは平然と無視したのだ。結果的には、わたしもだ。依頼主を置いて逃げるくらいなら、こんなところには最初から来ない。

 彼らを追う敵兵たちがエアルの銃撃で倒され、枝葉の海に飲まれて弾けた。砦のなかは溢れ出した木々や草花が噴水のように天を目指して広がってゆくところだった。


「おうおう、エルフだけは喰われねえって聞いてたのは、ウソだったみてえだな」


 見るみる近付いてくる緑の渦を前に、停車したヤダルは王たちが乗り込めるように後部座席のドアを開いた。


「急げー! こっちこっちー!」

「エアル、先に行け!」

「はい、陛下!」


 快活に答えながらも護衛の彼女は速度の落ちたハイダル王を無理やり担ぎ上げ、全速力でこちらへ駆けてくる。おかしなことに、彼女ひとりのときより速くなった気がする。


「出してください!」


 エアルは叫びながら後部座席にハイダル王を押し込め、自分も折り重なるように飛び込んだ。

 ドアが閉まるのも待たずにヤダルは思い切りアクセルを踏み込み、けたたましい笑い声を上げる。


「すっげぇな、王様!」

「いいから早く!」


 重たい車体がゆるゆると速度を上げるなか、後ろからは緑のうねりが枝葉と蔓を広げながら追いすがる。加速し続ける車体を、伸びてくる枝が叩く。絡み付こうとする蔦を引きちぎって、ハンヴィーは少しずつ距離を広げ始めていた。


「行けるいけるいけるぅ……ッ!」


 くぼみに嵌まって車体が跳ね上がり、傾きながら暴れ回る。ヤダルはハンドル操作で必死に制御するが、アクセルは緩めない。草木の波は、広がる速度が落ち始めていた。二ミレ近くも走った頃になってようやく、引き離すことに成功する。


「「あはははははははは……ッ!」」


 頭がおかしくなったみたいな笑い声が、車内に響く。気付けば、自分も笑っていた。死にそうなのに。絶望的なのに。胸の奥が熱く疼いて。背筋がビリビリして。

 込み上げてくるものに衝き動かされて、わたしたちは笑った。


 ヤダルの失くした古毛布。それはたぶん、こんな死と隣り合わせの興奮なんだってことを……わたしは共感とともに、理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る