(回想)さまよえる王国

「ヤダル殿、ミスネル殿、お願いします!」

「「了解」」


 ハンヴィーはいったん南側に向かって、敵騎兵から逃走するように距離を取り始める。釣り出すため速度は抑え気味、悪路を選んでハンドルを左右に振り焦った素振りまで見せる。


「おーっし、こんなもんかぁ?」


 遮蔽のない平野に出たところで速度を上げ、ヤダルは東側に回頭して騎兵集団の左側面に回り込む。

 重装騎兵を先頭に密集隊形のまま突撃してきた騎兵集団はこちらの動きに対処しきれず長く伸びている。散開しながら包囲しようと速度を落とした。悪手だ。もう彼らは的でしかない。


「ヤダル、速度方向そのまま! 横腹を突っ切る!」

「応!」


 騎兵は約四十。M60軽機関銃の掃射であっという間に数を減らす。

 強力な7.62ミリ小銃弾の前には重甲冑もほぼ意味を持たない。バタバタと倒れる騎兵たちをね上げ踏み潰し、生き残りを翻弄しながらハンヴィーは真っ直ぐに砦へと向かってゆく。


「この隙に本隊を裏門から逃がすつもりだろうがな」

「鈍重な馬車で逃げ切れるわけがない。奴らも、そんなことくらいは理解しているはずなんですが」

「仮にわかってたって、他に選ぶ道もないさ」


 ヤダルの読みは、半分正しい。

 立て籠もるのも逃げるのも、こちらに向かってくるのも。みんな同じく自殺行為でしかない。


「それでも、目的はあるはず。愚かな者は愚かなりに、その行動を選んだ理由が」


 わたしの言葉に、ハイダル王は開き直ったように笑う。


「そのようですね、ミスネル殿。あれを」


 一目散に南下してゆく馬車の大集団と裏腹に、北へと向かって逃げる馬車が四台ほどあった。そちらの馬車は、車体に白い幟旗のぼりばたのようなものが掛かっている。


「陛下、あの旗……北部の戦闘でも叛徒は白い旗を掲げていたようです」

「王様、それはソルベシアの旗か? それとも、帝国軍部隊の旗?」

「どちらでもあり、どちらでもないですね。あの白い旗はイーケルヒ王国。いまは帝国の属領ですが……」


 いまは、というのが帝国に吸収されたという話だけではないのか。王は助手席で、銃座のわたしを見上げる。


「かつて王と理想をたがえて大陸中部に逃れた、ソルベシア王家の傍流です」


 ハイダル王によれば、イーケルヒは理想と廃頽、清廉と狡猾が交互に表出する、ちぐはぐな国だという。


「旧イーケルヒは、ふたつの勢力に分かれました。実利のみを求めて帝国みなみくだった者と、ソルベシアで北上してイーケルヒ王家の再興を目論んだ者と」

「後者が、あれか?」

「前者があれです」


 呆れ声でいうヤダルに、ハイダル王は笑み含みの声で返す。


「後者は、先ほどハイマン翁たちにいま滅ぼされました」

「……おい、冗談だろ。負け犬どもの合同部隊か。なんでまた、そんなことになったんだ」

「利害の一致は、必ずしも友好的な関係だけに起きるわけじゃないのです」


 エルフの血を引く母系集団と、帝国系の人間である父系集団。旧イーケルヒでは、同陣営のなかにもうひとつの断絶がある。

 特に長命なエルフのなかにはソルベシアで生まれ育った世代と、新天地を目指して南下した世代、帝国に併呑され人間と交わることになった世代、すべてが生きているのだから、その溝は根深い。


「北に逃げた馬車と、南に逃げたの、どっちを追う?」

「どちらも放っておきましょう。ヤダル殿、ハンヴィーを砦のなかへ」

「え?」


「馬車は囮です。あの速度ならば、ほぼ空荷からにでしょう。少なくとも、帝国軍部隊の主力は逃げていませんよ。いまも、砦のなかで息を潜めています」

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