隠者の里メイケルグ

 ジュニパーはメイケルグに向けてランドクルーザーを前進させる。かなりの起伏はあるけど、傾斜自体は緩やかなのでゆっくり進めば問題ないだろう。隠れているお仲間に警戒させないためか、ヤダルさんは揺れる車の屋根の上に腰掛け、器用にバランスを取っている。

 エリにもらった地図によれば、隠れ村ヒドゥンヴィレッジと書いてある。英語だから、彼女の手書きだ。少なくともアドネではそう知られているということか。


「……隠れて、ないような」

「どうした?」


 地図を見ながら首を傾げるあたしに、ヤダルさんが屋根の上で振り返る。


「これ、アドネでもらった地図なんだけど、あそこは“隠れた村”みたいなことが書いてある」

「ああ、メイケルグは“元・隠れ里”だな。いま町としては廃墟だ。住人はいない」

「ヤダルさんたちが匿ってる十五人だかが全て?」

「ああ。いまのソルベシアでも暮らせるような奴なら、もっと旧都に近い北側に住む。“エルフの楽園”に見切りをつけた奴なら、偽王ミキマフ派の手が届かない南に逃げる。まあ、そっちはそっちで帝国軍がいるけどな。お前らなら、思い知ってるんだろうけど」

「うん」

「で、暮らせず逃げ落ちたは良いが南にも行けず、身動きが取れなくなった連中がこの辺りに多くいたんだ」


 過去形。駆逐されつつあるってことか。あたしたちがヤダルさんと会った野営跡も、きっとそのひとつだ。


「なあ、ヤダルさん。ミキマフの手下って、なんでそうまでして反王派かれらを殺さなきゃいけないの? わざわざ何百哩も南下してまでさ」

「王への反抗の芽を摘むってのがお題目だけどな。たぶん、怖がってる」


 怖いって何を……といいかけてやめる。ミュニオだ。エルフの楽園を生み出し、従え、君臨することのできる、本物の王族。ミキマフにとっては、自分の立場を危うくするどころか根底から引っくり返す者。


「ミキマフは偽者だけど愚者バカじゃない。自分に王権がないことは思い知ってるし、玉座を維持するためにやらなきゃいけないことも理解してる。なかなか面倒くせーぞ、腹を据えた能無しってのも」

「だろうね。その、しつこく嗅ぎ回るようになったのって、いつから?」


 ヤダルさんが、そして狐獣人の子狐イハエルも、ミュニオに会ってすぐわかったってことは、ソルベシアの住人は王族の存在を知ってた。いつかソルベシアに現れると思って探し回っていたわけだ。もしくは、あたしたちの北上する情報が伝わっていたか。


「怯えてんのは最初からだけど、この辺りまで兵を送り込み始めたのは三年くらい前かな」


 となると、あたしたちが帝国軍を殺しまくったのとは関係ないか。


「なあ、シェーナ」


 荷台後部に寄り掛かって座るあたしの横に、ヤダルさんは屋根からひょいと飛び降りる。低速とはいえ走る車の上で、揺れなどものともせず屈むと少しだけ声を落として尋ねてきた。


「これからどうするつもりか、聞いても良いか」

「さあ。ミュニオ次第だな。彼女の答えがなんであれ、あたしたちは一緒に行く。最後まで、ずっと」


 あたしの言葉に、虎獣人の姐さんはフニャリと困ったように笑う。


「……ああ、いいな、そういうの。嫌いじゃないぞ」

「そういやヤダルさん、ミュニオのこと何か変わった呼び方してただろ。あれ、なに?」

機能特化エルフアノマラスか。死体を元にして森を生む力……“恵みの通貨”っていうらしいんだけどな。その力を持った王族を、ソルベシアの外ではそう呼ぶ」

「それって、敬称ほめてる? 蔑称けなしてる?」

「どっちでもない。あえていえば、怖れてるな。動き出したら誰にも止められない災厄だ。部外者からしたら脅威は古龍と変わらん」


 そんなもんか。

 いつの間にやら車は廃墟の町に差し掛かっていた。道端には素焼きレンガの残骸が散らばり、焼け焦げ煤けた鍋釜や材木の破片が転がっている。目に入る限りの建物は、残っていても梁や柱の他に壁が一面か二面といったところ。話に聞いた十数人がどこに住んでいるのかはわからないが、この様子じゃかなりの修繕が必要だっただろう。


「「「やだるー!」」」


 喜びに弾んだ子供の声が聞こえて、ジュニパーが車を停める。駆けてくる音と気配はあるんだけれども姿は見えず。キョロキョロしているあたしの頭上を飛び越え、荷台に立ったヤダルさんに上空から飛びついてくる影が見えた。


「おかえりー!」

「ままー」

「ぉかえぃー!」

「おう、ただいま。みんな無事か?」


 獣人ばっかりかと思いきや、猫っぽい子と犬っぽい子と人間っぽい子、あとは有翼族っぽい子とみんなバラバラだ。

 出迎えにきてくれたらしい大人の女性があたしたちを見て軽く手を振る。フワフワのクセ毛と小柄で筋肉質な身体。ドワーフだと思うけど、確信はない。


「お帰りヤダル。その子たちは、お友達?」

「ああ、途中で会った。そこのシェーナは魔王の同郷だってさ。なんかこれ、“はんびー”の親戚みたいな感じするだろ」

「そういえば似てるね。こっちの方が顔に愛嬌があるけど」


 “はんびー”? 前にも聞いたな。ランクルに似てるってことは、あれか。映画とかに出てくる、アメリカ軍のジープみたいの。すげーな魔王、異世界にそんなもん持ち込んだのか。


「わたしはミスネル。よろしくね」


 ドワーフの女性は、ニッと笑う。年齢は正直よくわからないけど、笑顔は無邪気で幼い感じがした。


「ヤダル、戻って早々に悪いんだけど、逃げるか戦うかの算段が必要になりそう。ミキマフの追撃部隊が来るみたいなの」

「数によるな」


 ヤダルさんは、ミスネルさんからの急な報告に動じる気配も見せない。ただ、目に剣呑な光がチラチラし始めている。身に纏う怒気というか殺気というか、刺々しいものを感じて子供たちがピャーッと逃げ出した。こんな息苦しいオーラに巻き込まれるとせそうになる。逃げられるもんなら、あたしも逃げ出したいくらいだ。


「有翼族からの情報だと、騎馬が二十に徒歩の弓持ちが五十、魔導師が五」

「七十五か。殺そう」


 即答かよ、すげえなオイ。このひとやっぱ、シャレならん。

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