まみ

 エリの実家の牧場では、馬を飼育しているようだ。格好はカウボーイっぽいのに、牛じゃないのね。


「親父さん、あの牧場って広さどのくらいあんの?」

「外の木柵範囲でいえば、百五十エーカーくらいか」


 自分から尋ねておいて失礼だけど、エーカーがわからん。気を使って六十ヘクタールと言い換えてもらった。なんとなくわかるが、聞いても正直ピンとこない。


「大まかにいうと縦横それぞれ半マイルの平面てところだ。でも、うちの牧場の敷地を表す上では意味はないね」

「それは、なぜ?」

「あの木柵は、害獣や侵入者を防ぐ結界みたいなものでね。ソルベシアでは個人の所有地という概念があまりないようなんだよ。おそらく、土地そのものに貨幣価値を持たせる習慣がない」


 そうなの? と思わずミュニオを見るけど、知らなかったらしく申し訳なさそうな顔で首を振られた。


「そういや、ここはソルベシアの南端なんだっけ」

「それも含めて、土地の境界線が曖昧なんだ。帝国の占領前でも、地続きの国同士だと国境線は常に変動していた。緩衝地帯を広く取っていた、とでもいうかな」


 なるほど……なのかな、わからん。あたしのいたのは島国だったからな。


「ケイン、お客さん?」


 馬に乗った女性が駆けてきて、あたしたちに笑顔で帽子を振る。三十代くらいに見えるけど、エリのお母さんかな。カウガールというか牧場で働くのに向いた格好の快活そうな美女だ。

 あたしたちは挨拶のために車を降りる。女性も馬から降りてこちらに歩み寄る。細身だけど鍛えられた身体付きで精力的な印象。背は高く、ジュニパーと同じくらいか。百七十センチ以上はありそう。


「ワイフのシャーリーだ。シャーリー、こちらはシェーナと、彼女の仲間でミュニオとジュニパーだ」

「こんちは」

「はじめまして、なの」

「あの、ぼくは……」


 ジュニパーが少しだけ緊張した感じで何かいおうとして、エリママに笑顔で抑えられる。


「わかるわ。ね。ようこそ、エリーズランチへ。歓迎するわ」

「彼女たちは、アドネでエリと会ったそうだ」

「あら、あの子、元気でやってた?」

「そうですね。なんというか、すごく馴染んでました。いまはアドネの衛兵隊長代理とかで」

「ふふ、勇ましいこと。誰に似たのかしらね?」


 ニッて悪戯っぽく笑う顔はエリとそっくりだ。逆か。エリがお母さん似ってことだな。娘さんが“鉄の睾丸”とか呼ばれてた話はしないでおこう。なんとなく、エリパパケインさんが目を逸らした感じからして、母親似なのは顔だけじゃなさそうだ。

 エリママシャーリーさんはランドクルーザーを見て、あたしに目をやる。


「シェーナは、わたしたちと同じとこから来たのね?」

「そうですね。当初は死にかけましたけど、このふたりのおかげで、なんとか生き延びました」

「「シェーナ」」


 そうだな。謙遜だとしても、フェアじゃない。良いことも悪いことも。あたしたちに貸し借りはないんだ。


「いえ、違いました。三人で、乗り越えてきたんです」


 シャーリーさんが、あたしたち三人をまとめてギュッと抱き締めてきた。


「良い子ね。お互いに、気持ちが繋がってる感じ。なんだか、あのひとたちに雰囲気が似てるわ」

「あのひとたち?」

「ターキフ夫妻」


 誰や。こっちの人の話なら知らん、と思って気付いた。それは、あれか。

 あたしの目を見て、シャーリーさんが笑う。


「ケースマイアンの魔王よ、ジャパニーズの」

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