ランチ&コミュニティ

 エリのご両親に案内されて、あたしたちは車で“エリーズランチ”の敷地に入る。柵で囲った範囲は縦横半マイル、でもその外側にあるのも森や林が点在するだけの平原だから、視覚上はずーっと牧場の延長みたいなもんだ。

 見渡す限りで最も高い場所は南東側、あたしたちが野営していた小山みたいなところ。迂回も含めた移動距離で三十マイル、五十キロ弱といってたけど直線距離では十五キロほどか。森の遮蔽がないと案外、近い。


「……なるほどね。あそこで炊煙けむり上がれば何だろうと思うよな」

「ああ。この辺りは牧場の屋敷うち以外に灯りがないんで、夜には篝火みたいに見えるんだよ。あまりに無防備なんで敵とは思わなかったけど、念のため様子見にね」


 朝になってから来てくれたのは、警戒させないようにという親父さんの気遣いかな。うん。夜に来られてたら思わず銃を向けてしまってたかも。


 牧場周辺の高低差は、川を含めて最大で十メートルくらいか。ゴルフ場に毛が生えたくらいの起伏しかない。最も高いところは、屋敷のある場所だ。高台というほどでもないけど、緩やかな傾斜が続いた最上部にある。


「シェーナ、あれ、村かな?」


 ジュニパーが指す先、少し低くなった平地には、十数軒の集落があった。そこだけ木柵が外側に膨らんだ感じになってる。後から人が増えたのに合わせて柵を広げたようだ。


「ぼく、“獣人と人間とドワーフが住んでて、牧場ある”って聞いたんだけど。なんか思ってたのと違うね?」

「逆だな。牧場に村がくっついてる」

「住んでるのは、牧場で働いてる人と牧場に関係してる人だと思うの」


 あたしたちの会話が聞こえたらしく、エリママシャーリーさんが馬上で笑う。


「そうよ。あそこに住んでるのは、わたしたちの牧場のスタッフとその家族。あとは、商人や鍛冶師や薬師、魔導師ね。出入りはあるけど、だいたい四十人くらい」

「へえ……けっこう多いんだ。そのなかに有翼族はいる?」


 それを聞いて、シャーリーさんは少しだけ首を傾げる。


有翼族あの子たちは木の上の巣で暮らしてるから、もう少し北ね。あの森とか」


 彼女は、数キロ北に広がる森のひとつを指す。


「有翼族が、どうかした?」

「ここに来る前、赤ん坊を探しにきた彼らと会ったんで、無事に帰れたのかと思って」

「その話は聞いてるわ。そう、あなたたちが助けてくれたの?」

「うん、咆哮スクリーミン大鷲イーグルの巣で泣いてたのを見つけて、ぼくたちで回収したとこだったの」


 子供をさらわれて、あちこち行方を訊いて回ってたらしい。すぐ喰われちゃうって感じじゃなかったけど、それは後からわかった結果だ。親からすると気が気じゃなかっただろう。

 屋敷の前まで来ると、車回しの先でメイドさんみたいな格好の女性が何人か出迎えに来ていた。


「お帰りなさいませ旦那様、奥様」

「お客さんだ。エリの友人だっていうから、宿泊の準備を頼む」

「はい、旦那様」


 指示を出す親父さんもキビキビ動いてるメイドさんたちもお互い親しげな笑顔で、この牧場は良い労働環境なんだろうなと感じる。この世界に来てそういう印象を受けたことがあまりなかったので逆に新鮮だった。


「さあ、入ってくれ。車はそこに置いておいたままでも問題ないよ」

「「「はーい」」」


 ミュニオから頼まれて、カービン銃マーリンと弾薬の入った携行袋を収納で預かる。たしかにここでは、必要なさそうだ。ジュニパーのリボルバーは謎の胸の谷間収納なので本人に任せる。


「親父さん、ここの牧場って、飼ってるのは馬だけ?」

「馬の他には豚と鶏と、あとは牛だ。牛は三十頭ほど、それ以外は、それぞれ百前後だな」

「あれ、牛? こっちにもいるんだ。ジュニパーもミュニオも聞いたことないっていってたから」

「いや、シェーナが思ってるような牛はいない。品種改良ブリーディングで生まれた新種だ」

「ちなみに、何と何を掛け合わせたもの?」

「北大陸にいた大角牛ホーンバッファローって動物と、こっちに棲むミノタウロスって魔物だ」


 え。ちょっと待って。ミノタウロスって。牛の頭の人型怪物じゃなかった?


「……それ、食べるの?」

「ああ。美味いぞ。ちなみに、“ミノタウロス”と呼ばれてはいるが、人間ぽい姿じゃない。見た目は、バイソンに近いかな」


 ジュニパーが嬉しそうに頷く。


「ぼくも、剥製は研究所で見たことある。後肢が発達してて、威嚇するときに立ち上がるんだって」

「へえ。二足歩行するわけじゃないんだ」

「その牛肉を夕食で出そうと思ってるんだが、抵抗はあるかな?」


 人型じゃないなら、特に抵抗はないかな。ミュニオとジュニパーも、笑顔で首を振る。


「ありがとう、親父さん。すごく楽しみだ」

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