インヴィジブルスローター

 森のなかでいくつも茂みが揺れたかと思うと、十数本の矢が乱れ打ちに降り注いできた。


「みゅッ……!」

「大丈夫なの」


 ミュニオが落ち着いた声でいうと、小さく左手を振って風魔法で軌道を逸らした。そのままカービン銃マーリンをホールドして狙いをつけ、腰溜めで次々とマグナム弾を撃ち込んでゆく。木々の間の薄暗がりで風船でも破裂したみたいに血飛沫が弾けた。肉片やら脳漿やらぼろ切れみたいな服の切れ端やらが一面に撒き散らかされる。

 あたしには敵の姿が全然、見えないんだけど。隠蔽魔法だかいうものも感じ取れないので、茂みが揺れるところに勘で散弾を叩き込むしかない。飛び散る肉片やら逃げ惑う小動物やらで木々も下生えもあちこちで揺れ動いているから、どれが敵だかサッパリわからん。


「ぐぁッ」

「あッ」


 たまたま鳥撃ち用小粒散弾バードショットを装填していたのが功を奏したのか、木の幹や岩肌に当たり跳弾となって周囲に隠れていた男たちにダメージを与えたようだ。魔法が揺らいで黒っぽい服が朧げに見え隠れする。思った以上に近く、敵との距離はもう十五メートルほどしかない。数も多い。見えただけでも七、八人はいる。


「ああ、くそッ! ジュニパー、エンジン始動! 森の端まで後退して!」

「わかった!」


 ミュニオとふたりで再装填と掃射とを繰り返し、最低でも五人は仕留める。味方に回収されたか姿を消しただけか、残りはまた見えなくなった。


北側あっちも動き出したよ!」

「見えてる敵は任せろ! ミュニオは隠れてるのを頼む!」

「わかったの!」


 ランドクルーザーが後退を始めたところで、一般人をいたぶっていたクズどもが駆け付けてくるのが見えた。そちらは魔導師ではないのか剣や手槍を持ち皮鎧みたいのを身に着けている。近付いてくると、エルフなのがわかった。あたしはウンザリしながらも自動式散弾銃オート5で皮鎧ごと撃ち抜いて殺す。

 その間にも、隣で銃声は響いていた。さすがの万能砲台ミュニオさんの射撃は一発ごと着実に敵を射殺してゆく。


「ジュニパー、もう止まって大丈夫なの」

「北東二十四メートル八十フートにエルフの射手が隠れてるよ」

「大丈夫」


 ミュニオが一発だけ発射すると、枝葉の隙間を縫って着弾したマグナム弾が敵を射抜き、木の上から頭のない死体が転げ落ちてきた。


「あれで最後か?」

「もうひとり……いるの」


 レバーアクションカービンに使った分の弾薬を装填しながら、ミュニオはランドクルーザーの荷台から降りる。

 運転席で振り返ったジュニパーが、あたしを見てなぜか困った顔をした。森に踏み込んでくミュニオを見送るだけで、シートから動こうとせず静かにエンジンを切った。ということは脅威ではないのか。


「もうひとりって、敵じゃない?」

「……たぶん。でも、結果的には敵を呼び込んだんだと思う」


 わからん。なんの話だ、それ。


「魔導師が十人近くって、寂れた街道の盗賊じゃないよ。少なくとも、ずーっと配置させとくような戦力じゃない。囮まで作って、迂回しての挟撃まで仕掛けて。ぼくらがこっちに来ることが事前にわかってる動きだったでしょ?」


 ミュニオを狙ったソルベシアの刺客。それが、待ち構えていた。情報が伝わっていたからだ。あたしたちより、前に。


「……イハエルか」

「最後の敵がいた近くの木に、縛り付けられてるのは見えた。怪我してたみたいだから……敵に情報を漏らした、って感じじゃなかったけど」


 ミュニオが、森から戻ってきた。肩に銃を背負い、汚れた両手に浄化魔法を掛けながら。イハエルは連れてないから、治療して逃してやったんだろう。

 あたしたちの視線に気付くと、彼女はいくぶん無理した笑みを浮かべる。


「あの……ごめんなさい」

「なんでミュニオが謝るんだよ」

「昨夜、別れる前に話し合って、わかってもらえたと思ったの」


 姐さん……それは、あれですかね。脅しつけて思い知らせた感じですか。違うか。ミュニオは、そういうのやりそうにないな。

 ジュニパーが、困った顔で笑う。


「それが、裏目に出たんでしょ」

「そう、なの。ソルベシアに帰ろうとしてたところを捕まって、尋問を受けたけど……わたしとの約束を守って、最後まで何も話さなかったの」


 なんとなく、わかってしまった。あの子狐獣人の坊主は頑なに口をつぐんだから、それが却って“ソルベシア追放組にとっての重要人物と接触した証拠”と受け取られてしまったのだ。

 その判断は、間違ってはいなかったわけだ。襲撃を受けるきっかけを作ったのは、イハエルの……いってみれば誠意だ。


「ああ……うん。それはもう、しょうがないだろ」


 あんなガキんちょには、他に取り得る手段もなかっただろうし。本人が責任を自覚してるなら、改めて責めるのも違う気がする。どう考えても甘い処分なんだけど。ミュニオを望まない神輿に上げたがる奴らと、あまり関わりたくない。


「ありがと。シェーナも、ジュニパーも」


 ミュニオはひとりで土砂崩れの現場まで向かうと、矢で射られたひとたちに治癒魔法を掛け始めた。みんなヨロヨロ立ち上がって逃げていったから、大怪我やら死にかけはいないようだ。ろくに礼もいわれないまま取り残された感じのミュニオは、こちらを振り返って笑う。彼女には珍しく、諦観めいた苦い笑顔だった。

 彼女を拾って、北上を続けよう。ジュニパーはランドクルーザーのエンジンを掛け、あたしは荷台で腰を下ろす。


「なあ、ジュニパー。お姫様ってのも、御伽噺で聞くほど良いご身分じゃないみたいだな」

「……まあ、そうだね。ぼくらには、縁のない話だけど」


 ゆっくりと車を発進させながら、あたしたちは揃って溜め息を吐いた。

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