ビパークパーク

「見えた」


 助手席の後ろの窓から聞こえてきたジュニパーの声に、荷台でダラけてたあたしと痩せコボルト二号が振り返る。コボルトには個人名を呼びあう習慣がないようなので、便宜的につけた。痩せコボルト一号は少し体格が大きくて槍を持ち、二号は短弓持ちで小枝で編んだ帽子をかぶってる。

 ちなみに、彼らに名前が必要ないのは匂いだけで個体判別ができるからではないのか、というのがジュニパー物知り博士せんせいの見解だ。


「あたしには、ぜんぜん見えん」

「あの、ひとつ、おおきな木のよこに、ちいさな木が、ならんでるでしょ?」

「ええ~っと……うん」

「その、まんなかくらい」


 大きな木は辛うじて、わかる。その横にあるのはモッサリした緑の何かにしか見えんけど、たぶん木なんだろう。五分ほど車で近付いてゆくと、ようやくそれらしいものが見えるようになった。


「シェーナ、彼らはコボルトの群れの長アルファが守ってるんだって。いま、合図を送ってもらうよ」


 ジュニパーの説明の後、痩せコボルト一号が助手席の窓から短い遠吠えを何回か送る。すぐに短い遠吠えが帰ってきた。一号はジュニパーを見て、“これで大丈夫”みたいな顔で頷く。


「待って、なんか泣き声がしない?」

「ジュニパー、大丈夫なの。元気に泣いてるから」


 不幸に嘆き悲しんでいる声ではないという意味か、少なくとも現時点で健康ではあるというくらいの意味か。さらに走ると、あたしにも泣き声が聞こえてきた。

 なるほど。あれ、チビッ子同士がケンカしとる感じだな。


「ぼくが、むかえ、いくの!」

「わたちが、いく!」

「あいつら、また……」


 あたしの横で、痩せコボルト二号が嘆く。どうも毎度のことらしい。


「あれで隠れてるんだとしたら、騒がせとくのは拙くないか?」

「あんまり、かくれては、ないかな。おおきな、どうぶつ、いないから」

「おさ、つよいし」


 直近の危機は、獣や敵襲ではなく飢えと渇きか。ここまでに通った地域と比べれば草木が増えているとはいえ、地形は平坦で土も土漠より湿っている程度。水場があるようには見えない。


「なんか小さい子が来るね」


 ジュニパーがランクルを停止させる。茂みを縫うように凄い勢いで飛び出してきたのは、ただでさえ仔犬感あるコボルトのなかでもさらに仔犬っぽい三人。体格は……適切な表現かどうか微妙だけれども、芝犬くらい。彼らは車を降りた痩せコボルト一号二号に満面の笑みで飛びついて舐め回す。


「おかえり、にーたん!」

「にーたん、えもの! えものは!」

「あ、うん」


 そうなるわな。不可抗力とはいえ、スマン。ミュニオとジュニパーの頷きを受けて、あたしが彼らの前に途中で仕留めた兎を出す。


「“にーたん”たちの獲物は、こいつだ。みんなで、持ってってくれる?」

「「「「え」」」」


 三人がかりで肩に担ぎ、大喜びで運んでく仔コボルトたち。彼らを見送った痩せコボルト一号二号は、あたしを振り返る。


「いいの?」

「ああ。罠を壊しちゃったからな。あたしたちは、一緒に飯を食わしてもらえればいい」

「「ありがと」」

「オアシスの連中について、おさと話したい。案内してくれるか?」

「うん!」

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