コボルトオルト
倒れ掛かってきたコボルトのひとりを、ジュニパーが慌てて抱きとめる。もうひとりの方は危ういところであたしがキャッチした。倒れたところで怪我したりはしないんだろうけど、地面は森の湿気で泥っぽい感じになっているから、せっかくのモフモフが汚れる。悠長なことをいってる場合かどうか不明ではあるけれども、たぶん怪我や病気じゃない。
「なあミュニオ、これ……」
「
だよね。やっぱり、栄養失調か。でも彼ら、ショボいとはいえ使い込まれた武器といい罠への反応といい、途中で見かけた動物の数を考えればそこまで餓えるというのは考えにくいのだけれども。
これもたぶん、想像はつく。
「オアシスのコボルトたち、元は二十人くらいの群れだっていってからな」
いまオアシスにいる七人と、土漠群狼から狂犬病を感染させられて亡くなったのが三人。その後の行程でいくらか増減はあるにせよ、十人前後はいるはずなのだ。
「ほら、しっかりしろ。これ水な」
「……あ、あう」
「ちゃんと持て。ほら、食い物も出してやるけど……お前ら、どのくらい食ってないんだ」
あんまり飢餓状態が長かった場合は急に消化の悪いものを食わせると良くないとか聞いたことある。お粥みたいなのが良ければ、こちらの食事ついでに作ってやっても良いかと思ったんだけど。
「たべた、よ。ちゃんと、たべた」
「嘘つけ」
「にいちゃん、は、はら、へってないから、たべな」
「……ッの、馬鹿野郎」
こいつ、朦朧としてんのか、あたしを仲間のコボルトかなんかだと思ってる。チビたちに分け与えてやんのは良いけど、それでテメエがぶっ倒れるようじゃ狩りが滞って本末転倒じゃねえか。
携行食のなかにあったエナジーバーを小さく割って寝ボケたコボルトふたりの口に突っ込む。
「ゆっくり噛んで食え。水も飲めよ。それで、お仲間はどこだ」
「……えっと」
「悪いようにはしないから。そいつらに飯を食わしてやりたきゃ、すぐ連れてけ」
「……あっち」
距離は、二哩くらい。目印になるものを聞いて、ジュニパーが運転席につく。意識が比較的しっかりしてるコボルトをナビ代わりにミュニオと助手席につっこんで、まだボンヤリしてる方はあたしが抱えて荷台に乗せる。
身長は日本の小学三、四年生くらいなのに、持ち上げたら驚くほど軽い。モフモフどころか毛を刈ったら骨と皮しかなさそうな痩せっぷりだ。ワンコ好きには見てられん。
「……おいし、みず」
ふたりは五百ミリリットルの水をあっという間に飲み干した。おい、もしかして水も足りてないのか。
ペットボトルのミネラルウォーターにビタミン入りの粉末フルーツジュースを溶いて渡す。
「それ、色は変だけど果物の味をつけた水だ」
「……すっ、ぱい」
「身体の調子が良くなるから飲んどけ。お前ら、ひどい顔してるぞ。お仲間のとこに着いたらちゃんとした飯を作るから、これでも食っとけ」
なんか肉と穀物の絵が描かれた缶詰を開けて樹脂製スプーンと一緒に渡したけど、ふたりとも困った顔して手をつけない。だよな。わかるよ、そういうの。自分が食うくらいなら、お仲間に持って帰りたいんだろ。
あたしは、荷台に収納から出した食材を並べる。納得できるように、中身がわかるように、ふたりに見せる。
「ほら、食う物なら他にもある。な? いっぱいあるだろ。これを持ってって、大きな鍋で、この野菜と、この芋と、こっちの肉も入れて、飯を作る。それを、みんなで食う。だからな」
なんか知らんけど、怒りなんだか敬意なんだか愛情なんだかわからんものが込み上げてきて、気が付けばヘロヘロなコボルトの胸倉をつかんでいた。
「だから、食え! いくらでも出してやるから! お前らが食わないなら、お仲間にも食い物をやらん!」
「あ……うん、わかった。……あり、がと」
缶詰も加熱した方が美味いとは思うけど、いま必要なのは緊急回避的な栄養補給だ。本命は彼らの本隊なのだし、そこまで手間を掛けてもしょうがない。
「おい、しい」
「そっか。食べたら、送ってくからな」
「……あの、ね。……なんで、その」
オズオズという感じで、コボルトたちは小さく疑問符を浮かべた顔を向けてくる。
「オアシスで、お前らの仲間と、あたしたちは仲間になったんだ」
「うん」
「仲間の仲間は、仲間……かどうかはともかく、腹減らしてたらほっとかないだろ。あいつらだったら、あたしの仲間が困ってたら、ぜったい助けてくれると思うし」
荷台の子も助手席の子も、ようやく納得した顔して食べ始める。そして、その隣で優しげな笑顔を浮かべているミュニオ姉さんがあたしを見た。なんとなく、いいたいことはわかる。
「シェーナ、よかったの」
「……そうだね。ぼくも、そう思うよ。シェーナ、信じ合える相手が、増えてる。ね?」
ね、っていわれてもな。あたしがナチュラルボーン友達いない子、みたいな評価には納得しかねるけれども。でもまあ、あながち間違ってはいない。食べ終わった空き缶を受け取って、あたしは荷台に飛び乗ると発進の合図に屋根を叩いた。
「だとしたら、お前らと会えたからだろ、きっと」
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