曲がり道くねくね
「どっちにする?」
「ぼく右」
「左なの」
「う~ん……悩むな。右だ」
密林というには薄く、森というには濃い。そんな木々の間を、あたしたちはランドクルーザーで縫っていた。ときおり藪や下生えが車体を擦り引っ掻くけれども、どうも大型動物か人間の定期的な移動があるらしくギリギリ道路と呼べなくもない獣道が縦横に走っている。
そのせいで、逆に迷走しているのだけれども。
「この木のとこ、さっき通らなかったか?」
「樹形は似てるけど、前のは白木肌の広針葉樹で、こっちは青木肌の細広葉樹だよ」
さすがのジュニパー先生である。というよりも、ミュニオとジュニパーがいる限り、少なくとも方角を見失うことはないっぽい。あたしひとりなら
「あッ!」
緩いカーブを曲がっていたところで、ジュニパーが声を上げて急ハンドルを切る。茂みに乗り上げてランドクルーザーを停車させた。
「大丈夫? ふたりとも怪我は?」
「いや、そんな揺れなかったから。それより、どうした。敵か?」
「わかんない、何か引っ掛けちゃったみたい」
「生き物?」
「違う。仕掛け罠、みたいに見えたけど」
彼女が指差す方を見ると、少し離れた場所で枝が揺れていた。たぶん、獲物が掛かったとき罠を作動させるための
変な音がする。カタカタというか、パタパタというか。
「
「シェーナ、ジュニパー。注意して、誰か来るの」
「あれ?」
「なにこれ?」
ヒョコッと顔を出したのは、小枝で編んだ帽子をかぶった犬だった。茶色っぽいのが二匹……だけど、しゃべってるってことは、コボルトか。案の定、彼らは茂みから出ると二本足で立って歩いてくる。手には自作の投げ槍っぽい棒と、殺傷力があんのかないのか疑問なレベルの弓。服は、ボロボロの雑巾みたいなシャツというかベストというか、それも上半身に辛うじて原型を留めているだけだ。
「……ええと……ここに罠を仕掛けたのは、お前らか?」
「「うん!」」
ムッチャ嬉しそうにいわれてリアクションに困る。だって、こいつら……
「……すごい、痩せてるね」
「大きい方の子、あばら骨が見えてるの」
獲物が掛かったと思って出てきちゃったんだろう。それが食えない鉄の車しかなく、おまけに罠まで壊れてるとわかってガックリと肩を落とした。
「わ、悪いな」
いや、この場合あたしたちが悪いのかどうかわからんけど……まあ、彼らの現状を見る限りスマンとは思う。
「うん、いいよ。みんな、けが、しなかった?」
おう。このコボルトも、ええ子や。思わず毛並みをワシャワシャしたくなるけど、こう見えて彼らは大人なんじゃないかと思って我慢する。
「シェーナ、コボルト好きみたいだね」
「ああ、うん。そうだな。オアシスで会った子たちが、すっごい可愛くて良い子だったし……ん?」
ジュニパーの不思議そうな表情に振り返ると、コボルトふたりがカポーンって感じでクチ開けたまま固まってた。
「おい、どうした。アゴ外れたみたいになってるぞ」
「オアシスに、いたの?」
それで、なんとなくわかった。気がした。たぶん。きっと。
あたしたちがオアシスで会った七人のコボルトたちは狂犬病で群れの仲間を三名失い、感染源の
「ああ。七人のコボルトたちと会ったよ」
「みんな、いきてる? くるい死にする、びょうきを、うつした、おおかみは?」
「土漠群狼なら、あの七人が、力を合わせて仕留めたよ」
あたしたちも、少しは手を貸したけどな。
そう伝えると、コボルトふたりの顔がフニャリと歪んだ。スンスンいうてるのは、涙を堪えてるのかな。
べつに、泣きたきゃ泣けば良いのに。
「七人とも、元気だったぞ」
「わたしたちが出掛けるとき、みんなで見送ってくれたの」
「ほんと?」
「いまは、オアシスで暮らしてるんだ。仲間も、けっこう増えたしね。ドワーフとか、人間の子供たちとか、エルフとか。三十人近いんじゃないかな」
「そっか……そっか、うん。……よかった」
コボルトたちはホッとした顔で笑うと、くにゃくにゃと崩れ落ちた。
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