敵が攻撃を止め距離を取っているのを見て、あたしは南側の射手たちに射撃中止を伝える。


「ターイン爺さん、その指揮官がどこかわかるか?」

「馬が折り重なっとる左奥、兵士が団子になっとるところじゃ。旗を振っておるじゃろ?」


 こちらに見えないよう救援を求めているのか確かに兵がイーケルヒの白い幟旗を水平に振っているのが見えた。その横に銀甲冑がひとりいるようだ。生きてるのかどうかは知らん。


「コボルトを呼んでくれ」

「「「いるよ!」」」


 振り返ると嬉しそうな顔で尻尾を振る三人組がいた。一緒に西側城塞からの部隊をやっつけたコボルト三銃士だ。前になんかアドリブで名前つけた気がするけど忘れた。“精鋭偵察隊”、だっけ。まあいいや。


「お前らにしかできない任務を頼みたい。あの旗振ってる奴の隣にいる、銀色の甲冑を着た奴をこっちに引きずり込みたいんだ。できるか?」

「とんがった鉄兜ぼうしの?」

「そう」

「「「だいじょぶ!」」」

「周りの兵士の注意を、こっちに引きつける。合図したら回り込んでさらってきてくれ」

「「「りょうかい!」」」


 コボルトたちは北側開口部うらぐちからトテチーッと駆けて行った。すぐに東側で転がっている馬車の陰に待機して、準備完了と手を振ってきた。早いな。


「爺さんたち、ジュニパーも。38口径で二、三発ずつ牽制、銀甲冑には当てないでな」

「了解」

射撃開始ッ」


 パカンパカンと手前に着弾する拳銃弾に、兵士たちは必死に伏せて身構える。射撃中止と同時に、あたしはコボルトたちに合図を送った。コボルトたちは一瞬で兵士たちの後ろに近付き、指揮官を担いで走り出す。


「……おい。なんだ、あれ。コボルトって、あんな速いの⁉︎」


 彼らの本気の走りを初めて見た。単純なトップスピードだけでいえばジュニパーの方が速いのかもしれないけど、コボルトは細かく遮蔽を縫って軌道修正しながら動くため、わかっていても目で追えない。仔犬が三人で甲冑男を抱えて走る、ってもう少しコミカルなイメージだったんだけど、そもそも凄まじい速さでよくわからん。


「「「しぇなさん、おまたせー」」」

「いや、ぜんぜん待ってねえ。早すぎだろお前ら」

「「「えへへ」」」

「すごいなー、よくやった!」


 ワッシャワッシャと撫でくり回してコボルト三銃士を褒め称える。彼ら銃、持ってないけど。

 指揮官は銃撃で馬を転がされただけで、怪我らしい怪我はしていないようだ。落ちたときの打撲と捻挫程度。それも速度があまり出ていなかったらしく、ひどいものではない。


「おし、そんじゃこいつふん縛って旗竿に掲げちゃおう」

「「「え」」」


 当の指揮官を含めてジュニパーや爺さんたちも唖然とした顔であたしを見る。なに、こっちの戦争では、そういうのやらない? フェアじゃない的な感じで?


「殺さんのか」

「そっち?」


 ドワーフの集落で柱か梁にしていたらしい太くて長い木材を持ってきて、その天辺てっぺんに甲冑を接いだ指揮官を縛る。ジタバタ暴れるたびにぶん殴って大人しくさせる。すっかり悪者だな。


「お前がトップじゃないよな。最高位は誰だ。どこにいる」


 こいつはこいつで上位貴族かもしれんけど、まさか最高指揮官がいきなり前線に突っ込んでは来ないだろ。脳筋将軍みたいなタイプもいないわけじゃないだろうが、それほど強いようにも見えんし。

 案の定、あたしがギロッと睨んだだけで青褪めあっさり口を割った。


「……め、メッケル家の四男、ムスタフ・メッケル様が、後方の陣幕に」


 その陣幕の位置を確認して目印を聞く。となると、こいつは用済みだ。


「はーい、そんじゃこいつを入り口んとこに挿そう」


 内壁と外壁の間。集中殲滅空間キルゾーンへの順路になっている折り返しの辺りにドワーフ爺ちゃんズお手製の簡易台座を置いて旗竿を挿す。屈辱的な扱いに指揮官は喚き散らすけど、それが上手く敵の目を引いてくれてる。やってることが、ますます悪者だな。“なんと卑怯な”かなんかいってる声が遠くから聞こえてくるけど、知るかバカ。こっちは生きるか死ぬかなんだよ。すぐに殺されないだけありがたいと思え。


「どうするんじゃ? あいつを餌に大将を釣り出すか?」

「“こいつを殺されたくなければ、司令官を出せ”って? そんなん来るわけ……」

「それはそれで牽制にはなるじゃろ。良く鳴く贄・・・・・は、大物を呼ぶぞ?」

「なるほど。それはアリだな」


 あたしは“肉の盾に出来れば良い”くらいの発想だったんだけど。モグアズ爺さんたちは年の功か、考え方が戦慣れしてる。すぐに殺すのでないなら使い潰す。合理的だ。

 千だか万だか、布陣した端まで見えんような数の敵を相手にするには正攻法じゃ話にならん。


「ちょっと回り込んで引っ掻き回してくるよ。ジュニパー、ちょっと走り・・に行かない?」

「うん♪」


 水棲馬ケルピーの速度と自動式散弾銃オート5の火力があれば、敵陣深くに突っ込んでの一撃離脱も可能だろう。上手いこと大将首を挙げられれば良し、それが無理でも、いっぺん痛い目に遭えばストレスになるだろ。

 軽く考えていたあたしを、ドワーフ爺さんズが止める。なんじゃい。


「まあまあ、嬢ちゃんたち。ここはひとつ、年寄りにも見せ場を作ってくれんかのう?」

「「へ?」」


 老練なドワーフたちは、互いに目を見合わせて穏やかに微笑む。前から何やら企んでいた風な感じ。もしかして。これは……あれか。


「要は、回り込んで引っ掻き回してくれば良いんじゃろ?」

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