根こそぎの爪

「……やっぱり、そう来たか」


 偽装を外され西側防壁の陰から引き出されたホイールローダーを見て、あたしたちは苦笑するしかない。

 予想される敵の大攻勢を前に、銃火器装備の戦力はみんな敵正面である南側に集めた。裏口である北側に回り込まれる可能性もあるが、その場合はオアシスの水を漕いで接近する必要があるので発見は容易い。そちらの防衛はコンパウンドボウを装備した赤毛のヘンケルとエルフたち、それと投石器を持ったコボルトの混成チームに頼んである。安全第一を徹底して、突破されそうになったらクレオーラ がオアシス水面下にいる虎の子のゴーレムを出してもらう。


「こやつの力は、もう完全に把握しておる。わしらに掛かれば、こやつは無敵の怪物じゃ。千やそこらの敵など蹂躙してくれるわ」


 いつの間に用意したやら、無防備な窓を守るブラインドみたいな後付けの盾まで装着してある。おまけに、後ろの窓枠からは妙な形の箱が飛び出していた。


「なんだ、この箱……盾か?」

「おう。身を守りつつ弓を射るための射座じゃ。嬢ちゃんにもらった“りぼるばー”であれば、弓を引く腕うしろの場所も取らん。座席の横でふたり並んで攻撃可能じゃな」


 なるほど。前側は土砂をすくう容器バケットがあるから、弓や銃を向けるなら横か後ろが良いという判断か。


「こいつでな、こう……真っ直ぐ進んで、あの辺りからグルッと回って、そのまま左に抜けるんじゃ」


 爺さんたち三人は身振り手振りで、西側から敵本陣を突っ切るように横断して南東側から砦に戻ってくるルートを示す。

 やっぱ、そうなるよな。うん。やりたいことは、わかる。実現できなくはない。この手の蹂躙戦力として装甲化したホイールローダーが有効なのも、認める。

 でもさ。ホイールローダーあれ、遅いんだよね。せいぜい時速三十キロかそこらじゃないかな。でっかいタイヤで悪路も問題ないとはいえ、たぶん矢が刺さったらパンクしちゃう。敵の真っ只中でエンコしたとき引き取りに行けるかというと、なかなか難しい気がする。

 迷ってるあたしを、ジュニパーが笑顔で振り返る。


「大丈夫だよ、シェーナ。いざとなったら、ぼくらで拾いに行けば良いよ」

「そんなことには、ならんようにするがのう」

「ミュニオは、どう思う?」


 カービン銃マーリンを構えたまま敵本陣を観察していたミュニオが、振り返って頷く。


「大丈夫なの。四半ミレと少し。ここからでも援護できるの」


 狙撃手スナイパーのミュニオがそういうなら、最悪どうにかバックアップできそうだ。


「わかった。それじゃ爺さんたち、頼んだ」

「おう!」

「「「ふはははははッ!」」」


 こんなときだってのに、なに幸せそうに笑ってんだと思ったが、なんかわかった。爺さんたち、きっと実感してるんだ。あたしたちが、かつてそうだったみたいに。


「……“生きてるって感じ”、だろ?」


 あたしがいうと、爺さんたちはパァッって幸せそうな笑顔になる。なんだそれ。ちょっと可愛いじゃねえか。


「おう、それじゃ。まさに、そういう感じじゃな」

「いつよりも、どんな戦場よりも、強く感じとる。おかしな話じゃな」

「ったく……はしゃぎ過ぎて無茶すんじゃねえぞ、爺さんたち。まだ先は長いんだからな?」

「おう! もちろんじゃ!」

「任しておけい!」

「嬢ちゃんたち、期待してもらって良いぞ」


 爺さんたちが口々にいいながら、ホイールローダーに乗り込んでゆく。車体は南西側の外壁脇にあって、たぶん敵本隊からは見えていない。やかましいディーゼルエンジンの響きで、こっちが何かやってるってことは伝わってるんだろうけど。威嚇効果には初見の視覚的インパクトが大事だからな。

 爺さんたちのホイールローダーは敵を大回りするように南西方向へと向かってゆく。突入前には、銃声で合図を送るそうだ。


「敵の動きは?」

「回収部隊は、いっぺん引っ込んだみたい。奥で盾持ちの重装歩兵部隊が陣形を組んでる、けど……動かないね」

「爺さんたちに向かう様子は?」

「いまのところ、ないかな。気付いてはいるんだろうけど」

磔にされた指揮官そのひとを、どうするか迷ってるんだと思うの」


 しばらく動かないなら、ちょうど良いな。あたしたちも、爺さんたちを援護するか。

 とはいえ敵の本陣までは四半哩四百メートルあるし、いま布陣してる敵部隊の先頭でも五百尺百五十メートルほどある。オート5あたしレッドホークジュニパーの射程には、ちょっと遠い。カービン銃とはいえ拳銃弾で届かせるミュニオは特殊な例だ。

 あたしは双眼鏡で敵の布陣を確認する。二、三十人単位の部隊がこちらを囲むようにギッシリと配置され、その間を馬車が埋めている。多少の障害なら粉砕できるホイールローダーならともかく、ランクルで出たら動けなくなる。となると……


「ぼくの出番?」

「ジュニパー、南東側の端っこを抜けてって、三、四十くらいいでくるってのはどう?」

「いいね。爺ちゃんたちが突っ込む直前にやったら、敵も動揺すると思うよ」

「わたしは、後ろにいる敵を仕留めてみようと思うの」

「え? ……後ろ? って、本陣より奥? なにで?」


 ミュニオは、傍らに置かれていたコンパウンドボウを指す。ドワーフの爺ちゃんたちがリボルバーにご執心で宙に浮いてしまった武器だ。ミュニオさん、弓もイケる口なのね。弓の名手エルフの本領発揮か。いくつかの矢筒に入った矢は四、五十本。彼女のる気が感じられる。


 遠くで立て続けに銃声が響いた。爺さんたちが持っていったリボルバーのものだろう。


「突入の合図だ」

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