死の覚悟

 十メートルほどの距離を開けて、あたしはランドクルーザーを停車させる。

 ミュニオが向けている銃がどういうものかは当然わかってないんだろうけど、指揮官の剣を撃ち砕いたことで危険性は理解したようだ。身構えたままではあるが、いまのところ向かってくる気配はない。


「き、貴様ら、は」

「黙れ!」


 指揮官はあたしの一喝でビクリと身を震わせる。自分ではわからんけど、目が紅く光っているんだろう。光ったから何だと思わんでもないが、黙ったので良しとする。

 トラブルの予感がする。……というか、たぶん予感じゃない。あたしはジュニパーに運転を代わってもらい、自動式散弾銃オート5を構えて車の横に立つ。


「最初にいっておくぞ! あたしたちは、どこにも属さない! どこの誰にも、肩入れする気はない!」

「はぁッ⁉︎」


 矛盾してるよね。うん。わかるわかる。車に積んでるの、九割エルフとドワーフだもん。

 でも、良いのだ。これは通告であって、議論や相談ではない。


「ただし、覚えておけ! 向かってくる者は、すべて、平等に・・・、殺す!」


 おかしな間があった。躊躇と怯えと、落胆したような俯き。何かを諦めたみたいに手を広げて、指揮官は笑った。

 武装解除できるかと思ったのも束の間、砕かれた剣を放り投げた彼は部下の腰から剣を奪って吠える。


「シェイン・ダイ・オォーグ!」

「「「おおおおぉッ‼︎」」」

「え、なんて?」


 現地語ローカルの方言なのか、あたしの耳には翻訳されていない。なんのこっちゃと首を傾げていたら、助手席のモグアズ爺さんが溜め息まじりに解説してくれた。


「“死ぬまで戦え”という意味じゃの。イーケルヒで敵前逃亡は一族郎党が斬首じゃ。もう指揮官が死んでも、命令は覆されん」

「えー」

「シェーナ、くるまに戻って!」


 向かってくる兵士たちに、牽制の散弾を九発連射でブチ撒ける。今度は全弾が鳥用小粒散弾バードショットだ。ここに来るまでの道中で、爺さんたちが教えてくれた。治癒魔導師のいない戦場では、戦えないほどの負傷は死と同じだと。

 だったら。

 前衛の盾や甲冑を貫き弾けた小粒散弾は、周囲に広範囲の重軽傷を撒き散らす。露出部分に被弾した前衛集団は悲鳴を上げながらグルグルと迷走し、手にした盾や手槍を振り回して戦列を激しく乱す。その隙に荷台へ飛び乗ったあたしは屋根を叩いて怒鳴った。


「いいぞジュニパー、出せ!」

「つかまってよ!」


 左旋回で十メートルほど距離を取り、その間にもミュニオが正確に敵を倒してゆく。何か彼女なりの優先順位があるのか、前衛後衛で被弾する敵はランダムに見える。少し見ているうちに、敵意殺意を向けてきた順だとわかった。倒れた者や動けない者、降伏する気か武器を捨てた者などは撃たれることなく放置されている。

 こちらもその間に鳥用小粒散弾みどりシェルを八発装填、薬室に送り込んでさらに一発を追加する。なんちゃら王国軍の方は、チビエルフの狙撃手に任せて問題ない。あたしの警戒対象は、もう一方の暫定的敵対勢力である盗賊団だ。


「待て! 俺たちは!」

「黙れ! 殺されたくなければ武器を捨てろ!」


 目が合ったとたん必死に弁解を始め、こっちが叫んだ瞬間に全員が武器を放り投げる。死を決意して向かってくる王国軍に対して、あちらは覚悟ゼロか。


「シェーナ、もう大丈夫だと思うの」

「ありがと。盗賊団あっちを見ててくれるかな」

「了解なの」


 あたしは荷台から飛び降りて、倒れている王国軍兵士たちのところに向かう。

 ミュニオに撃たれた兵士は即死しているから、生きている者は、七、八人。うち三人は、こちらでの恭順を示す作法なのか両手首を重ねるようにして上に捧げている。残る五人は、散弾を喰らった兵士たちだ。瀕死とまではいかないが、このままだと確実に死ぬ。


「ああ、もう……“向かってくる者は殺す”っていったじゃねえか」


 戦列の中盤で倒れている指揮官を見下ろす。頭の半分から、どくどくと血が流れ出している。当たったのは散弾だろうが、もう長くない。


「……どこにも、属さん……だと?」


 青褪めた顔で、指揮官は歪んだ笑みを浮かべる。会話がすれ違っている。聴力か視力か意識か、あるいはその全てかが残っていないのかもしれない。


「……笑わせる。……選べる道など、ふたつだけだ。……帝国に、歯向かって死ぬか……服従して……後に死ぬか。……我々と、同じようにな」


 それは実質ひとつなのでは、と思いつつ黙っておく。指揮官の目から光が消えて、死んだことがわかった。生き残りは降伏を意思表示した三人だけ……


 ババンッ、バン!


「え」


 銃声に振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた三人がミュニオに撃ち倒されるところだった。彼らの足元に、短剣か投げナイフか小さな刃物が転がる。


「シェーナを、殺そうとしたの」

「そっか。ありがと」


 これで、彼ら王国軍の情報は取れなくなった。振り返ったあたしは、ふと気付いて首を傾げる。盗賊団(と思われる)奴らが両手を上げて地面に伏せさせられていた。リーダーと思われる赤毛の男に、素朴な疑問をぶつけてみる。


「アンタらは、ここで何してたんだ?」

「なにって、そんなもん決まってんだろ」


 男は、オアシスの水面を指した。


「水を手に入れに来たんだよ!」

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