オアシスで待つもの

 乗員の疲労も考えて、さほど急ぎもせずドライブを続けること三日。周囲はいままでと違って、起伏の多い地形に変わっていた。緩やかな丘をいくつか越えた先に、青味がかった水面が見えている。見えているだけでさっぱり近付かないが、期待が膨らんでいる状態なのでそれはそれで楽しい。


「意外に時間掛かったな。二日で着くと思ったんだけど」

「わしらからしたら、これでも呆れるほどの早さじゃ」


 そりゃそうかもしれんけど、とあたしは運転席で苦笑する。爺さんたちを拾ってから二日目、進路上に岩や石が増え始めて速度がグンと落ちたのだ。起伏や段差が大きくなり、地面も砂から岩に土を被せたような硬いものに変わる。

 古くてもさすがのランドクルーザー、悪路で走れなくなることはなかったのだけれども、大きな障害物に乗り上げると車体が派手に揺れる。運転席や助手席はともかく、荷台に乗っていると落っこちそうで危ない。そうでなくとも後ろは乗り心地が悪いのだ。できるだけガタガタいわないルート取りを選んで走っていたら、行程が一日プラスになったわけだ。

 そんな急がん旅だから、べつに良いけどさ。


「なんか窓が曇ってきたな。空気が湿ってんのか?」


 あたしは換気のため窓を開け、助手席の爺さんたちに尋ねる。ドワーフとはいえゴツい爺さんたちが三人、ふたり掛けの席ではすし詰めだ。迷う想定で前の席に来てもらったけど、ここまで特に問題なく辿り着くことができた。


「オアシスが近いと、こうなるんじゃ。こういう環境だからオアシスが生まれた、ともいえるがの」


 砂漠っぽいところよりも草木が多く、湿気も多い。気候に変化が起きたのは、路面がガタガタし始めた辺りからだ。あんま詳しくないんだけど、岩盤で蒸発が抑えられた結果のオアシスなのかもな。

 シダ植物と、たぶん椰子なんじゃないかと思われる木が並んだ木陰を回り込むと、視界が開けて盆地が見通せるようになった。その奥に、ずっと遠くで見え隠れしていたオアシスがようやく姿を表す。


「おおおおぉ……お? なにあれ?」


 絵や写真以外のオアシスというのを、あたしは初めて見る。ほぼ円形に近い水面の直径は、十五メートルほどか。少し青い水を緑の下生えがまばらに囲んでいる。ところどころ椰子っぽい木が生えていて、水辺から離れた位置に――たぶん水棲の魔物とかに襲われないためだろう――いくつか掘っ建て小屋みたいな建物が点在していた。イメージ通りの“オアシス”、ではあるのだ。

 その手前で、ふたつの集団が睨み合っていることを除けば。


「あれ、何してんの?」

「わしらが知るはずなかろう」


 困惑するあたしたちに、荷台のジュニパーが屋根を叩いて注意を引く。


「ねえねえ、お爺さんたち。あの、奥の小屋に隠れてるちっこい人影……あれ、もしかしてオアシスに残ったドワーフの仲間?」

「いや、わしらの一族は、残っておらんはずじゃ。ドワーフだとしても、別口・・じゃな」

「右も左も、武器を持ってるの。……どこかの軍と盗賊団みたいなの。どっちが敵なの?」


 ミュニオも困惑したような声で訊いてきたが、あたしには答えようもない。たぶん、爺さんたちもだ。


「……どうなんだろ。モグアズ爺さん?」

「ううむ……あやつらが何者かは知らんが、わしらを襲ってきた連中とは違うのう。お前さんたちと出会ったあそこで百やそこらを殺したから、しつこく纏わり付いてきた連中は、もう残っておらん」


 それじゃ右のは、また別の盗賊団か。

 左のは、あたしの目にも軍のような印象を受ける。整列した形が整ってるし、白い幟旗のぼりばたみたいのが立ってるし。簡素な甲冑を着た前衛は短めの手槍と大きな盾を持ち、後衛は軽装で腰に剣を下げ投石機みたいのを抱えてる。前者が三十に後者が十五ってとこか。騎兵はなく馬も後方に、しかも荷馬車みたいのしかない。なんか、いままで見た帝国の兵士とずいぶん雰囲気が違う。


「左のあれ、帝国軍?」


 あたしが目を向けると、元・護衛部隊のヒゲなし爺さん、ターインが眉を顰める。


「いや、あの白旗……ここいらを統治しとった小国、イーケルヒ王国のもんじゃ」

「帝国以外の国は、もう残ってないんじゃないのか?」

しとった・・・・、というたじゃろ。イーケルヒも併合されて、国としては消えとる。いまは帝国の属領として命脈を繋いでたはずじゃ……が、様子がおかしいのう。トール?」

「そうじゃな。あやつらが帝国の走狗として訪れたのなら、呑気に話し合いなどするまい。降伏勧告の後でいうことを聞かんと攻め込んで皆殺しじゃ」

「あいつら……盗賊と話し合いをしてんのか? 武器を持って?」

「話しておる内容まではわからんが、まだ誰も武器を抜いてはおらん」


 そんな両勢力が対峙する交渉の場に、あたしたちがノコノコ出て行って良いのかと思わんではない。


「そんじゃ、ミュニオとジュニパー、確認な」

「「うん」」

「相手から攻撃されるまで、こちらからは手を出さない。攻撃されたら、身を守るのが最優先。その後に、無害だと・・・・確認できるまで・・・・・・・攻撃を加える」

「「了解」」

「嬢ちゃんらも大概じゃのう。わしらの若い頃みたいじゃ」


 めてんだかけなしてんだか。

 あたしはランドクルーザーを前進させて、低速のまま接近する。こちらを見て左の集団が陣形を動かし始めたが、荷台から放ったミュニオの警告射撃で指揮官の抜いた剣を砕かれると一斉に距離を取り始めた。


「全員、その場を動くな! 攻撃の意思を見せれば、殺す!」


 窓から叫んだところで気付いたけど……これ、あれかね。

 画ヅラ的には完全に、あたしが悪者なんじゃないだろうね。

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