追われる追跡者
「ヘッケル隊長、またこれが」
副官のルッキアが持ってきたのは、ごく小さな
“赤目の悪魔”による戦闘の痕跡からは、毎度これが発見される。マイヨン分遣隊の前線砦では二十近く。コルタルではさらに多くが回収された。
そして、ここペイルメンの土漠地帯で貴族の馬車が襲われた虐殺現場からも。
蔑称含みで“冥府の猟犬”と呼ばれるヘッケル斥候隊は、帝国軍の辺境部隊が襲われ壊滅したとの報告を受け、真相究明のために送り込まれた。部隊の七名中三名が貴族とはいえ、しょせん下級貴族家の次三男。帝国という巨大な階級社会のなかでは、単なる末端の捨て駒でしかない。
任務を達成しても、その功が報いられることはない。が、失敗すれば見せしめに処罰はされるのだ。
「
「貴族の死体を放置して、穴熊の死体は持ち去るのか? 何が目的だ?」
「さあ。喰う……とかですかね」
帝国軍の高位魔導師ですら見たことも聞いたこともないという――まず間違いなく高価で希少な――魔道具で大規模な虐殺を行い、奪ったものはといえば穴熊の肉だけ。何の冗談だ。
“赤目の悪魔”と呼ばれる敵は、若い女だという。たったひとりの小娘に、マイヨン分遣隊の前線砦が蹂躙された。兵の損失は十七名。報復を誓った分遣隊長のケームは追跡の末に仲間のエルフを拘束したが、迎え撃とうと籠城したコルタルの街で悪魔に奪還されて殺された。
「ケーム隊長の父親は、帝都の重鎮です。このままでは済まんでしょう」
「あのお坊ちゃん、父親に良いとこ見せようとして張り切り過ぎたんだろうな。前線砦で死に掛けたところを、治癒魔法で回復して戦線復帰を果たしたらしいが……」
「コルタルで駄目押しを喰らったわけですね」
悪魔に殺された死体には、臓器を貫かれ背を喰い破られたような醜い傷跡があった。それが魔道具による傷なのだろうが、どんな武器なのかは判然としない。
おかしな筒の開口部を嗅ぐと、以前発見されたものと同じ妙な臭いがした。薬のような、焦げたような、わずかに甘い異臭。
「魔力の反応はないな。魔法陣らしき刻印もない」
「では、魔道具じゃないと?」
「たぶんな。何かは知らんが」
帝国軍の下士官で初等魔法の素養もあるヘッケルには、それが錬金術で使われる薬剤に似ていることがわかった。しかし、実利主義者である彼にとって問題はその薬剤の組成や使用目的ではなく、こちらに向けられたときの対応策だ。
いまのところ、それは発見されていない。“悪魔は弓を嫌う”“悪魔の武器は呪符で止められる”“盾を重ねれば防げる”……等々、憶測と希望的観測ばかりが聞かれるものの、実態としては全部、嘘だ。試した部隊は、どれも壊滅している。
順当に行けば、近日中に自分たちの番が来る。
「やはり、ここを襲ったのも“赤目の悪魔”で決まりですか」
「だろうな。しかし……連中、何でこんな場所に立ち寄ったんだ?」
直前まで確認されていた進路から、急に東へ逸れている。
「さあ。貴族の馬車を襲って、金目のものでも奪おうとしたんじゃないでしょうか」
「カネの入った袋は、馬車のなかに残ってる。目立つ高価な装飾剣もだ」
どうにも印象がちぐはぐだ。迷いなく殺すくせに、目的が不透明だ。ルッキアも同じ意見なのだろう、わずかに悩んでいる。
「では、エルフを救おうとしたのでは? 連中のうち、ひとりはエルフなんでしょう?」
「
ルッキアは、お手上げとばかりに首を振った。正直にいえば、目的などどうでもい。それよりも、ヘッケルには気になることがあった。当然ながら、副官であるルッキアも同じことを考えている。おそらくは、部隊員もそうだ。
「連中、北へ向かってますね」
「わかってる」
どう考えても、目的地はソルベシアだ。
エルフの楽園。人間にとっては悪夢の密林。四半世紀ほど前、帝国では“ソルベシア
併合されたエルフの王国で、数万とも十数万ともいわれる帝国軍の外地派遣部隊が前触れもなく
「魔物と一緒に移動していたはずだが、この轍にある紋様は何だ?」
「置き去りにされたエルフによると、車輪に刻まれた溝だそうです。彼らは馬のいない馬車のような乗り物で移動していたと」
「……わからん。なんだそれは」
マイヨン分遣隊からは、捕獲して移送中だったエルフと、実験体の
他にも、砦からは分遣隊の予算として送られていた金貨二十と銀貨が三百、紛失している。備品や装備、個人所有のカネも奪われているが、“赤目の悪魔”によるものなのか、生き延びた兵士たちが、どさくさ紛れに行った着服なのか。いまの時点では判明していない。
「隊長、追い付けますかね。魔物か乗り物か知りませんが、連中の移動は日に百
「そればかりは、可能な限り急ぐしかないな。“赤目の悪魔”どもが魔の森に到達するまでが勝負だ」
もし追い付けなければ、俺たちは
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