逃げるものと逃げられないもの

 “暁の群狼ドーンウルフパック”の城塞から脱出したあたしは、自分の足で走りながらジュニパーに声を掛ける。いまのところ追っ手はない。城壁上からこちらを見ている気配はあるけど、攻撃してくる様子もない。


「ねえ、ジュニパレオス・・・・・・・?」

「なんでしょう王子」

「王子じゃないわい!」


 シレッと抜かすヅカ水棲馬ケルピーは、“自分で振ったんじゃないの”って顔で笑う。

 そこはせめて姫だろ⁉︎ いや、それはそれでヘンだけれども。


ミュニオのいる丘あっち、ずいぶん静かじゃね?」

「そうだね。ミュニオが頑張ってくれたんじゃないかな」


 五人のエルフっ子を背に乗せた彼女は、あたしのペースに合わせて速足トロットというのか歩くより少し速めな感じにまで落としてくれてる。揺れが少ないように上下動を抑える気遣いが感じられるんだが、なんかスキップしてるみたいでコミカルな動きだ。


「丘の上、見える?」

「う〜ん……“らんくる”はあるけど、ミュニオの姿はないかな」


 怪訝には思うけど、嫌な予感は全くない。あたしたちが最後に見たとき、丘の上に向かってきていた騎馬部隊は三十やそこらだ。傾斜を登る馬の速度で、ミュニオの銃弾を避けられるわけがない。357マグナム仕様のカービン銃マーリンで武装した上に攻撃魔法も使える彼女にとって、あんなものは脅威とは思えない。


「シェーナ、そこ右ね。目印・・があるから迷わないと思うよ?」

「お、おう?」


 ジュニパーの言葉通り、山道の入り口に一体、額を撃ち抜かれた男が転がっていた。右肩側から抜けるように剣を背負い、左手に厚手の革手袋をしているところから馬に乗っていた男のひとりではないかと思われる。のだが……


「これ丘の上からだと、すげー距離ないか?」

「そうだね。半ミレくらいあるかも。ミュニオの銃って、どのくらい飛ぶの?」

「わからん。狙えるのは、たしか二百メートルちょい……ええと、七百フートとかだって聞いたけど」

「その四倍近くはあるね」


 七、八百メートル? それは……飛ぶかどうかはともかく、狙えるもんなのか? 動いてる的の、しかも額を?

 あたしは周囲を警戒しながら、走る速度を上げる。基礎体力は爆上げしているので息切れもほとんどないけど、さすがに自動式散弾銃オート5を抱えて走るとバテそうなので武器は収納状態だ。いざとなればすぐ撃てるように備えてはある。

 その必要は、ないみたいだけど。


「すげえなオイ」


 山道には男たちの死体が、本当に道標のごとく点々と転がっている。どれも武器を抜くこともないまま、頭を撃ち抜かれていた。馬は一頭もいない。ということは、流れ弾もなかったのか。変な倒れ方をしたら馬ごと崖下に落ちてもおかしくないんだが。


「いたよ、ほら」


 丘の上で、手を振る狙撃手スナイパーエルフの姿があった。隣にいるのは、出迎えにきたマナフルさんと、ミフルだ。


「おつかれさま」

「おう、お手柄だなミュニオ。あいつら全滅じゃん」

「マナフルさん!」


 ジュニパーの背から降りたちっこいエルフたちが、わらわらとマナフルさんに縋り付いて泣きじゃくる。不安だったのか心配してたのか知らんけど、彼女に人望があることはわかった。


「悪いけど、まだ砦には生き残りがいる。すぐ出た方が良いと思う。みんな、ランクルそいつに乗ってくれるかな」

「あの」

「どこか行きたいところがあれば送るよ。無理やり攫っておいてヘンな話だけど、アンタたちが今後どうしようと構わない。放っといて欲しいなら、ここでお別れでもな」

「救っていただいたことについては、大変感謝しています。あのままでしたら、わたしは今日明日にでも死んでいたでしょう」


 救ったことについては・・・・、ってのはつまり他の点では苦言を呈するというわけだ。

 そらそうか。頼んでもいないことで救世主ヅラされてもな。


「だから、どっか目的地までは送るってば。“暁の群狼あいつら”から追われる身になったことで文句があるなら、それで……」

「シェーナ」


 ミュニオが苦笑して首を振る。マナフルさんに敵意はない、と伝えたいのかな。三人でお留守番してくれてた間に、何らかの対話はあったようだ。

 とりあえず、彼女のコメントを悪意的に受け取るのはやめた。


「文句など、ありません。わたしたちが気にしているのは、わたしたちのせいであなた方が・・・・・、“暁の群狼”に追われ狙われる結果になってしまったことです」

「それなら心配ない。殺すから。みんな。あたしたちに敵意を向ける奴は、みんな」


 笑顔で応えると、マナフルさんは強張った顔で眉尻を下げ、視線を下げ、最後に頭を下げた。

 改めて見ると、このひとエルフだけに若々しく美しい顔立ちだけれども、目の奥にどこか老成した光がある。案外、年齢は高いのかもしれない。高いんだろうな。


「シェーナさん。あなた方は、これからも、それを……」

「ずっと続けるのかって? そうだよ。生き延びるためには、そうするしかない。もしかしたら、どこかにあるのかもしれないけど。あたしたちに、敵意を向けてこないひとたちが、暮らす場所がさ」

「……」

「いまのところ、ソルベシアってとこに向かおうと思ってる。楽園、なんだろ?」


 少なくとも、エルフにとっては。

 エルフではないあたしとジュニパーが受け入れられるかどうかは知らない。だからもし、そこでも……


「そこでも、同じだったら」

「さあな」


 マナフルさんは、あたしの心情をそのまま指摘した。偶然たまたまだったのか意図的なものか、心の奥を覗き込まれたみたいで、少し不愉快だった。悪気はないかもしれないけど。心が疲れているときに、純真無垢な善人――もしくはそれを是とする生き方のひと――と話すのはストレスになる。理屈としては、こっちが悪いんだと理解はしながらも、思わず怒鳴りつけたくなる衝動に耐える。


「あたしたちの話は、もう良いや。アンタたちの行き先を決めてくれ。とりあえずは北に向かうけど、できるだけ希望に応える。ジュニパー?」

「砦に動きはないよ。運転代わる?」

「お願い。マナフルさん、その子たちと一緒に荷台にうしろ乗ってくれるかな」


 クッションっぽい感じで布を置いてあるけど、露天の吹きっ晒しだ。収納してあった毛布を渡して、袋の中の衣類も好きに使うよう伝える。水とエナジーバーを多めに配って、水分は必ず取るように念を押した。


「体調が悪くなったらすぐにいってな。日暮れ近くになったら食事にするから、少し我慢してくれ」

「シェーナさん」

「ん」

「ありがとうございます」


 あたしは、このひとが嫌いだ。

 その理由は、わかってる。こういうタイプは、心を乱す。だから直視したくない。悪いひとじゃない。ただ現れたのが遅過ぎ、おまけに弱過ぎただけ。“無力な正義”なんて、“届かない理想”より残酷だ。

 この世界は、あたしたちが汚れずにいることを、善良でいることを許さなかったくせに。困って助けを求めていたときに、誰も手を差し伸べてくれなかったくせに。生き延びるために汚れ切った後になって、こういうひとたちは現れ、そうあるべきではないと眉をひそめるのだ。

 彼女たちが信じる理想は、きっと空虚で脆いけど正しいのだろう。対して、あたしは悪だ。いまさら後悔はしてない。悔い改めるつもりもない。だから。


「ん」


 目を逸らして耳を塞ぎ、心に蓋をして背を向ける。

 この世界に来てから、ずっとそうしてきたように。

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