ふたりのエントリー

 ミュニオには少し時間を掛けて、同胞の位置を詳細に探ってもらった。

 彼女が得た情報によると、囚われのエルフたちは城壁上の東と西と北の監視塔に一名ずつ、城塞の中心にある屋敷の地下に一名、そして南側の城門に一名だ。

 こうも分散配置されているとスムーズな奪還は難しいな。ひとりかふたりずつ取り返してゆくしかない。ジュニパーの俊足を生かしてランクルまで往復して運び、それをあたしとミュニオの支援砲火で支えるパターンだ。


「その囚われのエルフたち、ミュニオとも意思の疎通ができてる?」

「切れぎれの声が、聞こえるだけなの。わたしの方からは、伝わらないの」


 それがどういう理屈かは知らんながらも、通信機として機能させるなら“混線”を防ぐために外部からの受信遮断は必要なのかも。なんにしろ救出前に警報を出すのは無理か。


「優先順位があれば、そいつを最初に助けるよ。同列なら……近い順?」

「……かな。監視塔の三人は見えてるから位置もわかりやすい。その分、奪ったのがバレやすいかも」


 あたしとジュニパーの意見を聞いて、ミュニオはミフルを振り返る。


「ミフル、あなたなら、聞こえるの?」

「ああ、そっか。ミフルは“通信機エルフ”なんだっけ」

「あ、はい……“みこ”、です」


 巫女、か。あの通信機能、元は神託とかを広めるための能力なのかな。代わりに軍や盗賊のメッセンジャーをさせられるとは。罰当たりな馬鹿ども。見てろ、いまに神罰・・がくだるぞ。


 ミフルは、しばらく砦のあちこちに視線を走らせた後であたしたちを振り返る。なにか、感じ取ったらしい。わずかに怯えが残るものの、真剣な表情でこちらを見返してきた。


「ちか、ち、ちかの、マナフル、さん。……たいりょく、わずかです」

「マナフル? ミフルの知り合いか?」

「とりでに、いたとき……たすけて、くれたです。……やさしい、ひと」


 精神的支柱ってやつか。そのひとが中枢に置かれてるってことは、たぶん他のエルフたちに反抗の意思を削ぐためじゃないかという気がした。クソみたいな奴らの考えることなんて、だいたい一緒だ。


「よし、そこが最優先だ。ジュニパー」

「いつでも行けるよ」


 一瞬の後で、水棲馬ケルピー形態に変わったジュニパーがあたしを背に誘う。ミフルは怯んだ顔になるが、何もいわない。あたしよりはるかに鋭敏な感覚で、彼女が人間ではないと察してはいたんだろう。


「ジュニパー、再確認だ。エルフを救出したら、お前はその子だけを連れて戻る。あたしは次のエルフのところに向かう。以降、繰り返しだ」

「……了解」

「大丈夫だって。武器もあるし、可能な限り単身での交戦は避ける。突入は、ジュニパーとふたりでだ」

「うん。わかってる。これが一番良い方法のはずだって、わかってるんだよ。頭ではね」


 心配性の馬ガールに飛び乗って首に抱き着き、サラサラのたてがみを優しく掻き混ぜる。


「ありがとな」

「ぶひゅんッ!」


 軽く鼻水を噴いたみたいだけど、ジュニパーはフルフルと首を振ってごまかす。エルフのふたりを振り返ったときには、凛々しいヅカ水棲馬ケルピーの流し目に戻っていた。


「待っててね、お嬢さんたち。すぐに王子様が・・・・お友だちを助け出してくるから」

「「……うん」」

 

 ジュニパーが張り切っているのは、走り出してすぐにわかった。つうか、加速スゴ過ぎ。風圧で息できん。これ走ってるっていうより、飛んでる・・・・。ランクルどころか新幹線レベルに感じる。遠くに見えてた“暁の群狼ドーンウルフパック”の砦があっという間に近付いてくる。


「真っ直ぐ目的地まで行くよ」


 そういいつつ何度か方向転換をしていることから、必ずしも最短距離を移動しているのではないことはわかった。曲がる角度が緩めなのは、たぶんあたしが振り落とされたり酔ったりしないためだろうけど、不思議なコース取りの意味はわからない。何度目かに振り返って、ようやく理解した。

 監視に見付かる可能性を下げるために、できるだけ遮蔽があり、土煙が立たない位置を選んでるようだ。

 最近よく感じるけどジュニパーって、けっこう頭脳派だったりする。


「つかまって王子様、飛ぶよ?」

「え、うぉッ」


 わずかな溜め・・の後で、恐ろしいほどの荷重が掛かる。馬の背に押さえつけられたあたしは、自分が置かれた状況を目の当たりにして悲鳴を押し殺す。城壁の遥か上空を、飛び越えている。なに、それ。たしかに最短距離とはいってたけれども。そこは城門突破じゃないんかい。

 警報を発するはずの見張りは、あたしたちが城内に踏み込んでもまだ反応を見せない。ジュニパーの判断で正解だったようだ。

 彼女は素早く人型形態になって、ホッと息を吐く。わずかに輝く汗が、えらく色っぽい。


「ここまで来たら、ぼくにもエルフの気配は感じられる。こっちだよ」


 着地した屋根から庇伝いに降りると、あたしたちは路地裏を抜けて中央の大きな建物に向かう。

 元は中規模都市だったらしい城塞内部は、どこか生活感がないようにも思うが比較的整理整頓され、清潔さが保たれている。目指す建物はワンブロックに広がった二階建てで、どこか原始的な複合商業施設ショッピングモールみたいな印象を受ける。


「シェーナ止まって、二体こっちに来る。銃は、ちょっと待ってて」


 ジュニパーの言葉通り、交差する路地から剣を下げた男がふたり現れた。確かにここで銃を使えば、突入前に存在を知られることになる。

 美女の姿のまま男たちに尻を向けていたヅカ水棲馬は、流し目で振り返ってくふんと吐息を漏らす。困惑した男たちの前で軽く飛び上がったかと思うと、馬の蹴り足よろしく両足で撥ね飛ばした。

 見ると、ふたりとも首の骨が直角に曲がっている。こいつら、隣にいたあたしの存在に気付きもしなかったな。


「お待たせ、行こうか」

「……お、おう」


 地下への入り口は、建物の内部にあるようだ。まさか中枢に兵力を配置してないってことない。となれば、隠密行動もここまでだな。

 ショットガンを取り出して構え、装填を再確認する。大丈夫だ。きっと上手く行く。バックアップ用に357マグナムを八発込めた紅の大型リボルバーレッドホークも、装填を再確認した後で、再び懐に収める。


「なあ、なかにどのくらい敵がいるかわかる?」

「う〜ん……表に十、一階に五十、地下に十、二階に三十くらいかな」

「全部で百前後か……」


 たしかに、建物の周囲に槍を持った見張りがいる。というよりも、この街にいる全ての人間が“暁の群狼”なんだから、全員が“見張りで敵”みたいなもんだ。


「長引くほど、向かってくる敵は増えるね」


 ジュニパーは銀の大型リボルバーレッドホークを手にして、キラキラした笑顔を見せる。

 お前、こんなときにエラい爽やかやな……


「ジュニパー、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

「嬉しくはないよ。心配もしてるし、緊張もしてる。不安だってある。でもね」


 彼女は、ひどく幸せそうに微笑んだ。


「なんだかいま、生きてる・・・・って、感じがする」

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