救出の旅路

 ランクルが進んだ先には、見通しの悪い――盗賊どもの襲撃に向いた――場所があって、その手前にある岩のあちこちには血と肉と服の残骸が残っていた。

 たぶん、死体があるってジュニパーに教えてもらったところだ。彼女は七体あるといってたけど、運ばれたか食われたか、ひとつも残っていない。さっき倒した以外にもゴブリンはいるんだろうけど、見渡す限り姿はない。

 ……ない、よな?


「左側、大岩の後ろに群れが隠れているの」


 ふと振り返ったミュニオが、あたしの視線の意味を汲んで即答した。いるのかよ。エルフやケルピーの感覚器の前には、多少逃げ隠れしたくらいじゃ無意味なんだろうな。


「それ、こっちに来る可能性は?」

「大丈夫、たぶん雌と子供なの」


 大丈夫、なのかな。それ繁殖してくってことじゃん。もう戻ってくる予定はないし、街道の安全を確保する義理もないが。向かって来ない限り、自分から殺しに行く趣味はない。

 岩場を抜けると、土漠というのか茶色くてフラットな路面が続く。灌木すらない不毛の地だ。ドライバーのジュニパーは、安全を確認しながら少しだけ速度を上げる。執事っぽい装いのヅカ美女は、運転する姿もイケメンである。あたしの視線に気付いて振り返った彼女は、バチーンと流し目&ウィンクしてきた。

 やめろ、なんだそのキャラ。


「シェーナ、ずっと荷台そこで大丈夫?」

「おう、平気平気。ミフルの乗ってた馬車で良いもの見つけてさ。こんなこともあろうかとパクっといた」


 ランクルを受け取ったとき荷台に載ってた荷物ものは、燃料補給用のタンクも段ボール箱も水も、に仕舞ってある。いまはスペアタイヤもなくキングサイズのベッドくらいある荷台空間の両隅に、馬車の残骸から持ち出した帆布のロールを置く。その内側に、衣類と思われる雑多な布の塊が入った麻袋をクッション代わりに敷き詰める。こっちの世界は布地そのものが硬いのでフカフカとまではいかんけど、寝転ぶとけっこう快適。カチコミの前とは思えないほどのリラックスタイムだ。


「おお、これ良いかも。寝れそう」

「シェーナ、楽しそうなの」


 実際、ちょっと楽しい。もちろん自分が寝転ぶのが目的ではなく、救出したエルフたちを運ぶ用意だ。

 しかし我ながら、走る車上でやるこたなかったな。


「シェーナ? それ必要なら、停まってる間にやっとけばよかったのに」

「そうね。ジュニパーの運転は急ハンドルもなく加減速も丁寧だから大丈夫だと思ったんだよね」

「ふふ、ありがと」


 二十ミレってことは、三十キロそこそこ。車なら小一時間で着く。座席後ろの窓からお菓子をやりとりして寛ぎながら、みんなでミネラルウォーターを飲む。乾燥地帯で炎天下の移動だ。水分補給、大事。

 あとは、発汗で失われる塩分もだな。


「五人のエルフを無事に救出できたら、飯にしようか」

「うん、楽しみなの」

「シェーナ、見えてきたよ」

「ほぇえ……」


 地平線近くで陽炎に霞む“暁の群狼ドーンウルフパック”の砦は、おかしなことに、ここに来るまでに見た軍の駐屯地や地方都市よりもよほど立派で大きかった。


「このまま進むと見付かっちゃうから、西にある山側から回り込むね」

「お願い」


◇ ◇


 ジュニパーの運転で低山に分け入ったあたしたちは、少しだけ見下ろしになった丘の稜線手前でランクルを停車させた。そこからは徒歩だ。姿勢を低くして稜線まで出ると、双眼鏡で敵の拠点を偵察する。

 あの城壁、十メートル以上ある。高さはミュニオが捕まってたコルタルのものと同じくらいだけど、何と呼ぶのか監視と迎撃のためと思われる穴やら張り出しやらがたくさんある。帝国最大の非合法組織が立て籠もる拠点となれば警戒態勢が厳重なのも当然か。


「配置はどうする?」


 何となく意思の疎通はなされている気がした。だからジュニパーが訊いたのは、意図的な再確認だ。あたしは懐から出した357マグナム弾の五十発入り箱を五個、追加で助手席前のダッシュボードに置く。


「ミュニオ、ミフルの護衛と接近する敵の排除をお願い」

「わかったの」


 ミュニオも、もう“自分だけが置いていかれる”という受け取り方はしない。長射程の武器と攻撃能力、治癒魔法と攻撃魔法を兼ね備えたミュニオが高台で砲台になるのがベストな選択だ。

 高速移動能力と突破力に長けたジュニパーに、あたしが火力支援する。五人一度に運ぶのは難しいだろうが、いざとなればジュニパーの往復をあたしが援護することも可能だ。百やそこらの武装集団なら、ひとりで戦線を支えてみせる。


「気を付けてね、ふたりとも」

「大丈夫、ぼくが……」


 いいかけたジュニパーが、あたしたちの視線を受けて恥ずかしそうに首を振る。

 もう“自分だけが犠牲になれば”という発想は捨ててくれたのだろう。良かった。もし自分で気付いてくれなかったら、あたしは迷わず彼女を置いて行った。


「ぼくたちが全力で、お互いを守るから」

「うん。あたしたちが力を合わせれば、きっと何だって出来るはずだ。あたしは、そう信じてる」

「わたしも、信じてるの。無事に、帰ってきてね?」

「「もちろん」」

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