大いなる空振り

「……え?」


 あたしは演台の前で、ひとり間抜け面を晒していた。

 “暁の群狼”拠点へのカチコミを前にして、サイモン爺さんに“機関銃をよこせ”とネジ込んだのだが、あっさりと断られてしまったのだ。

 “そういう在庫はない”と。


「ないって、なんで? 爺さん、武器商人だろ?」

「君のいう“機関銃”が重機関銃HMGであれ軽機関銃LMGであれ、あるいは突撃銃アサルトライフル短機関銃SMGであれ、だ。この国で合法的に取得できる武器ではないからだよ」


 いやいやいやいや、待てや爺さん。それじゃまるでアンタが真っ当なビジネスマンみたいじゃねえか。


「でもホラ、爺さんって、“死の商人”的なアレなんじゃないの? カネさえ渡せば何でも手に入れるって豪語してたじゃん」

「“予算に応じて、最高の商品を用意しよう”とはいったがね。できることと、できないことはある」


 拠点に待ち受けているのは兵士ではなく、犯罪者集団だ。とはいえ数は数百になるというし、多くは軍から奪った武器や甲冑を装備してる。事情通のジュニパーによれば、奴らの勢力圏であるこの辺りでは、数も装備も実戦経験も軍と変わらないのだそうな。


「戦車やミサイルとまではいわねーけど、マシンガンくらい商人のコネでどうにかなんじゃねーのかよ……?」


 ガックリしているあたしを見て、爺さんは珍しく申し訳なさそうな顔をした。


「たしかに、そういう時代もあったよ。しかし、いまでは文明国として再建を果たしたんだ。この国の民間市場で、軍用攻撃兵器は流通していない。国内の治安維持のために、強力な規制を掛けたからね」

「……掛けた・・・? 掛けられた・・・・・、ではなく?」

「主導的に行ったのは、わたしと、わたしの政治的協力者たちだ。ダブついていたこちらの余剰兵器をそちらの世界に送って、引き換えに得た金銀および貴金属で、経済を底上げした」


 ひでえ。この爺さん、てめーの国の問題と元凶を異世界に丸投げしやがった。つうか、その武器を寄越せよ⁉︎

 ……って、いや待て。それが、あれか。前に聞いた“魔王の物資集積所デポ”か。

 くそー、それ遠過ぎて使えねえんだよ……!


「結果的に、ではあるが当時は両者ともに利益を得たと思っている。そういうわけで、この国にはもう非合法の武器商人はいない。わたしが、最後の世代なんだよ」

「……あう」

「とはいえ、君が苦境に立つのを黙って見ているわけにもいかないな」


 爺さんは、どこか見えない場所に姿を消して、何やらガサゴソ引っ掻き回していたかと思うと、エラく無骨でシンプルなデザインの猟銃みたいなのを持って戻ってきた。

 珍しいことに、今度はどこも紅くない。


「シェーナ、受け取ってくれ。わたしからの、せめてもの支援だ」

「……これは、ライフル?」

「ショットガンだ。自動装填式の、ブローニング・オート5。弾薬は、最も一般的な散弾である12ゲージ。本来は四発装填のところを、銃身と同長フルレングス銃身下弾倉マガジンチューブで八発装填が可能になっている。弾薬の選択と使い方次第では、軍用自動小銃アサルトライフルと同程度の制圧能力を発揮できるはずだよ」

「……ああ、うん。それは、助かる」


 なんやら細かい性能諸元ディテールは聞いても理解できなかったけど、すごい銃だということは、なんとなくわかった。散弾銃っていうのは、粒がいっぱい飛ぶタマなわけだな。それが連続で九発。たしかに、多勢に無勢の戦いでは役に立ちそうだ。


「なあ、爺さん。ちょっとした好奇心から訊くんだけどさ。そのすごい銃は、そっちの国で規制対象じゃないのか?」

「問題ないよ。狩猟用だからね」


 う〜ん……これ、なんとなく納得いかんのは、あたしが日本人だからなのか?


 ブローニング・オート5の操作とメンテナンスを教わり、爺さんが持っている在庫のうちで、用途に合っていると思われる散弾をいくつか選んでもらう。

 金属甲冑の敵には大粒の鹿用散弾バックショット、軽装甲か非装甲の敵には小粒の鳥用散弾バードショット、保険のために強力な熊用の一発弾スラッグもだ。それ以上に細かく撃ち分ける状況はないし、あたしにその知識もない。

 念のため、散弾の外筒ショットシェルの色で用途を識別しやすいよう、種類ごとにメーカーを分けてもらった。


「一発弾が黒シェルのホーナディ、大粒が赤シェルのウィンチェスター、小粒が緑シェルのレミントンだ」

「強力な順に、黒、赤、緑だな。わかった」

「迷ったら大粒散弾赤いのを使うことだね。そちらの世界の甲冑がどれほどのものかは知らないが、8.38ミリ標準散弾ダブルオーバックをまともに喰らって生きていられる人間はいないよ。開口部のない兜もないだろうしね」


 爺さんは、チョキの形にした指で目の位置を指す。たしかに貫通できぬけない重甲冑でも、目を潰せば無力化は可能だ。

 つうか、こいつ考え方がカタギじゃねえよな。

 ぞんざいな段ボール箱で大量に受け取った散弾を、あたしは無理やり懐に仕舞い込んだ。オート5は、戻りしだい練習するので革帯スリングで肩から掛けて持つ。追加のディーゼル燃料も受け取って、準備は万端だ。


「健闘を祈るよ、シェーナ」

「ありがと爺さん。せいぜい生き延びるためにがんばるさ」

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