ガール・ミーツ・ホース

 無事に窓枠を通過するところまでは成功したものの、着地は失敗。たまたま窓の前を通り過ぎた兵士を薙ぎ倒し、何度も転がって壁にぶつかって止まる。


「なッ、にを……ッ」


 頭を振って立ち上がろうとする兵士を銃の握りグリップで殴りつけ、ベルトに差していたナイフを抜いて喉元に突き入れる。


「げぽ、ぷ」


 自分の血に溺れてもがく男の顔は思ったよりも若く、あたしとそう年齢が変わらないように見えた。

 静かに事切れたのを見て、あたしはホッと息を吐く。悪いな、名も知らん兵隊の坊や。生き残るためには迷わないと決めたが、そう何もかも簡単に割り切れるわけもない。

 目の前には、女の子座りみたいな姿勢で倒れている副官の死体。血塗れの懐をまさぐって、この世界での財布と思われる皮袋を取り出す。中身は金貨と銀貨が十枚ほど。あの小男に渡す気があったかどうかはともかく、金貨を持っているのは嘘じゃなかったわけだ。貨幣だけいただき、血が染みた皮袋は捨てる。


「よし」


 最前まであたしがいた隣の建物はすべての開口部から激しく煙を拭いて炎上していた。いまなら隙を衝いて逃げられそうだ、と思った瞬間、階下に踏み込んでくる足音が聞こえた。


「副長、ご無事ですか!」


 ご無事じゃねえよ。残念だったな、クソが。お前らも、すぐに後を追わせてやる。

 窓からチラッと外を見ると、飛び込むところを見られたのか建物は兵士たちに包囲されていた。狭い階段以外に降りるところがなく、最初の建物以上に脱出経路がない。逃げるどころか、ますます追い込まれてる。


「くそッ! 賊は上階だ、突入して討ち取れ!」


 ああ、ああ、そうかよ。お前らがそのつもりなら、やってやる。ドアから死角になる部屋の隅に腰を下ろすと、シリンダーを振り出して、タマの補充をする。四発残った弾薬をそのままに要らん空薬莢だけ抜こうとしたのだが、手際が悪いのか慣れてないせいか、上手くいかず苛立つ。


「ああ、クソ」


 残り四十二発。なんとか装填を済ませて敵の突入を待つ間、奇妙なことに気付いた。とっさに懐に入れた空薬莢が消えたのだ。さっき奪った皮袋の中身もだ。

 手が塞がるのを嫌ってとりあえず内ポケットに入れるのは、女子校の制服時代の癖だ。いま着てる粗末な野良着には当然ながら内ポケットなどない。あの空薬莢やら金貨銀貨、どこに消えた。


「おりゃああッ!」


 突っ込んでくる足音と怒鳴り声に、あたしはハッと我に帰る。相手が転がっている仲間の死体に目を奪われている隙に、横から二発でふたりを倒す。その後ろから踏み込んできたやつにも一発。死体を踏み越えてあたしに剣を振るおうとした兵士にも一発。まずいぞ、このまま押し込まれたら再装填してる暇がない。

 シリンダーにはあと二発。


「動くな! 近付けば殺す!」


 あたしの警告はガン無視された。階段から上がってきた兵士は残り四人。無理じゃん、これタマ足りないよ。


「こいつ、何者だ。副長もメーウィグも一撃で殺しやがった」

「こいつの正体なんてどうでもいい。殺せ!」


 命じた男の頭を吹き飛ばす。これで残弾一。動揺を隠して可能な限り静かに、あたしは残る三人の兵士に話しかける。


「他人を殺そうってンなら……殺される覚悟も、あんだよなァ?」


 最後に撃った男の血と脳漿を浴びて怯んだ顔の兵士たちは、互いに視線を彷徨わせながら、おずおずと後退りする。どうやら仲間を殺され続けたことで、躊躇しているようだ。押すなら、いまか。


「死にたくなければ、失せろ。どうせ上役は、ふたりとも死んだんだ。逃げたところで咎める者もいない」


 もうひと息かと、男たちに銃を向ける。彼らは自分に銃口が向くたび、ビクリと怯え顔で身を引く。


「カネにも名誉にもならない殺し合いをしたいんなら、あたしは構わないぞ。こっちは、お前ら全員を殺せる」


 最後の一発を、男たちの足元に撃ち込む。その音と弾け飛ぶ石材に驚いた三人は悲鳴を上げて階段を転げるように降りていった。

 ちょっとした賭けだったが、上手くいった。その間に弾薬を再装填する。手持ちのタマは、残り三十六発。そうだ、さっき途中で邪魔が入った懐収納問題。空薬莢で試すと、やはり懐に持っていったところで消えた。


「……なんだ、これ」


 拳銃も試しにやってみたが、これも懐に入れるつもりで近付けたところで消える。もういっぺん手をやって、懐から取り出すイメージを思い浮かべると拳銃は手元に戻ってきた。


「……よくわかんないけど、便利だからいいか」


 背負っていた袋の中身をひとつずつ試し、最後は邪魔っけだった背負い袋そのものも突っ込む。続いて転がっていた死体の武器や装備を剥ぎ取り、カネの入った皮袋を奪う。懐に入れるイメージではあるけれども、収納量は内ポケットどころか旅行用トランク以上はありそうだ。

 レッドホークを構えたまま階下に降りて、奪えそうな物を物色する。最初に入ったゴミ溜めみたいなところとは違い、こちらは比較的きれいに整理整頓されている。事務的な役割の建物だったようで、机の周りに置かれていたのは書類と手紙と地図と何かのリスト。引き出しのなかに、木箱に入った金貨銀貨を発見した。給料か支払い用の資金か、汚れのない銀貨が十枚ずつの束で三十、金貨が同じく十枚の束で二、きちんと箱のなかに揃えられていた。


「んが、重ッ」


 箱ごと無理やり懐に突っ込んで、外に出る。逃げたのか隠れたのか、近くには誰もいない。


「よし……って、うおッ⁉︎ なんだ、お前⁉︎」


 その代わりに、馬がいた。少し青味がかった艶のある毛並みに、見事な体躯。白っぽいたてがみをなびかせて、馬は小さくいななくとあたしの前で膝を折った。

 なにこれ、どういう馬なの。鬣のサラサラ感を過剰にアピールしながら、スッゲー流し目くれてるし。つうか、まつげバシバシで眼力めぢからハンパないんだけど。宝塚の男役かよ。その馬はファサーッと鬣をなびかせて頭を振り、あたしの耳元で静かに囁いた・・・


「お嬢さん、ぼくと逃げないか?」

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