職業:高校生・盗賊なのに珍奇な依頼しか来ない件

洋丸

第一羽


 城山高等学校は緑に囲まれた土地に立っている。


 山が彩りを見せると同様に通う生徒たちも季節ごとに装いを変えていく。


 そんなある日の長閑な朝に悲嘆にくれて今にも泣きだしそうな少年が右手によれよれの一枚の紙片を持って裏庭に立っていた。


 もう一片の希望もないと言わんばかりの少年は縋るような気持ちでその紙片を鳥の巣箱へ落とした。


 そして去って行った。鐘が鳴り、一時限目が始まろうとしている。


 一枚のよれよれの紙片はある男子生徒の元へと届けられていた。


 男子生徒は書かれている文字を読んでいた。文字は歪んでいて投降者が酷く狼狽していた事を感じ取っていた。


[神さま、ぼくは今日、好きな女の子に誕生日プレゼントを持って登校しました。

 学校に不必要な物を持って来てはいけないとは十分に分かっています。


 それでも今日、渡したかった。それが今は出来そうにありません。


 ぼくは用意した誕生日プレゼントを失くしてしまったんです。


 どうしてかは分かりません。持ってきてカバンの中に入れていたはずなのに。少し席を外しただけで失くしてしまいました。

 どうか戻ってきますように。

 一年三組吉田幸平]


 春の装いに春の出来事。だが、身を切るような寒い風がある一人の生徒を襲おうとしている。


 吉田生徒は今まさに打ちひしがれて絶望している事だろう。好意を寄せるその人の方など見れはしまい。


 男子生徒はその紙片を伸ばすと写真を撮って添付してメッセージに送った。


 そしてまた授業中であるいくつかの教室内でそれを受信するスマホがあった。



≪集合だ≫


≪了解≫


≪ラジャー≫


≪あーん、ゲームしてるのにー≫



 電子的なグループの中で反応したのは四人だった。そして四人用の部屋が作られた。



≪タンチョウ、今度はどんな依頼なの?≫


≪うん、失くしたと言うよりも盗られた物を取り返して欲しいという依頼だ≫


≪へー、何を失くしたのさ?≫


≪好意を寄せる相手への誕プレ≫


≪うわー≫


≪引くな≫


≪いいじゃないか。春だな。一年生と予想する≫


≪合ってるぞ、一年生だ≫


≪可愛らしい。とても慌ててるんだね。よれよれだよ≫


≪ところでキセキレイ、授業中にゲームは止めろ≫


≪もうやってない。中断してる。メッセージ通知がたくさん来るからジャマで出来ない≫


≪まったく困った奴だな。他のメッセージと混同するなよ≫


≪やり取りはここだけなんだけど?怒≫


≪詳細な情報を上げてくれ≫


≪うん、依頼者は一年三組吉田幸平。登校後すぐに誕プレの所在を確かめている。

 だが席を少し外して改めて確認するとそこになかった様子だ≫


≪それを取り返して欲しいという事か≫


≪そうだ。読み取れるのはこれぐらいだな≫


≪カバンの中に入れたままで確認できるという事は大きくはないだろう≫


≪ラッピング包装してある可能性もあるよ≫


≪誰が奪ったかだ≫


≪ああ、短時間の犯行。その誕プレの存在を知っていた者に限られるな≫


≪可哀そうに。きっと今は授業どころじゃなくなってるな。俺だったら教室には居られない≫


≪さて、調査は教室内に絞ろう。各員それぞれの伝手を使ってくれ≫


≪え、待ってよ、まだ絞れるでしょ?≫


≪絞れるか?≫


≪こんなものだろう≫


≪ウソ、わたしこんな連中と仕事してるんだ。ショックー。コマドリ、何とか言ってやってよ≫


≪ノーコメント≫


≪なんだよ、言えよ≫


≪そうだ、言ってくれ≫


≪ロマンスに敵対するのはロマンスって事。つまり、ライバルの存在だよ!≫



 これを最後に電子会議が終わった。


 ライバルの存在。どんなものでも勝ち取らなければならない何かがある場合、それを目指す者たちは必然的にライバルとなってゆく。



「まあ、盗った時点で好敵手とは言えないよな」



 タンチョウが独り言ちた。


 一時限目を終えた。


 タンチョウはすぐに一年三組へ向かった。


 そこにはすでにオオルリがいた。コマドリとキセキレイはいない。



「前島、ちょっと来てくれ」



 野球部に所属しているタンチョウは一年生の後輩を呼び出した。



「こんちは、どうしたんすか?」


「ああ、今日の前半練習は外周なんだけどタイムを計るからタイマーを用意しておいてくれ」


「分かりました」



 タンチョウは後輩と話す間にも教室内の様子を窺っていた。吉田生徒はすぐに分かった。彼はどうにも落ち着かない様子で何かを探している。


 タンチョウには何を探しているのかは分かっている。


 すると突然、吉田生徒が話している二人の方へと向かって来た。


 タンチョウは少しだけ警戒心を強めたがすぐに解いた。


 彼が廊下へ出る直前にタンチョウは吉田生徒に故意に肩をぶつけた。



「あ、すいません」


「ああ、大丈夫だよ」



 初めての接触だが吉田はタンチョウには気が付かない。知る由もないのだ。吉田はそのまま上の階へと続く階段を登って行った。



「なんかすごい慌ててる様子だけど?」



 タンチョウはさりげなく後輩に尋ねた。



「はい、あいつ朝からちょっと様子が変なんすよ。ゴミ箱漁ったり、ロッカーを見て回ったりして。いつもはああじゃないんだけど」


「そっか」



 タンチョウは念入りに教室内を見回した。


 あわよくば吉田が誕プレを贈ろうとしている女生徒を見分けたいところだったがそうはいかなかった。


 後輩と別れたタンチョウは吉田の後を追った。


 階段を登っていくと更に上、屋上の方から吉田が駆け下りてくるのが見えた。吉田はタンチョウに気が付く事もなく、変わらず慌てた様子ですれ違った。


 タンチョウは一度、屋上へ行った。どこか物を隠せそうな場所を覗いては見たが何もなかった。



「ここで探していたのか」



 上を見ると気持ちのいい晴天が見えた。落ち込んだ気分を晴らしてさえくれそうな明るい水色の空が広がっていたが吉田は見上げる事さえしなかったのだろう。


 タンチョウはその空を写真に撮るとメッセージで送った。



≪なにこれ?≫



 キセキレイが反応した。



≪キレイだなと思って。落ち着かないか?≫


≪怖っ、いきなりどうしたの?≫


≪いや、吉田の事を調べてたら屋上に向かったから行ってみたんだ。階段を駆け下りて行ったからこれを見てれば落ち着きもしただろうにと思ってな。落ち着くよな?≫


≪全く落ち着かないし。自然に美しさを見出す時は感傷的になってる証拠だよ。精神的に参ってるって事≫


≪なら吉田くんはまだ大丈夫だね。諦めてないんだ≫


≪青春だな。空の青と未熟の青。春の青≫


≪寒いー、寒すぎるー。世界は再び氷河期に突入しようとしているのかー。ここに詩を上げるのは禁止ね。ね、コマドリ≫


≪ノーコメント≫


≪もー、さっきからノーコメントばっかり。キセキレイは寂しい。共感と同調が欲しいぞ≫


≪情報を共有しよう≫


≪ああ、俺は後輩から吉田が朝、何かを探している様子でロッカーやゴミ箱を漁っていたという情報を手に入れた。それと屋上にも行っていた。慌てた様子だったからまだ見つけていないと思われる≫


≪俺も教室へ行った。今日、誕生日の女の子はひとり。山県楓ちゃんだ。彼女は軽音部に所属している。

あと吉田くんと山県ちゃんはなかなか親密な関係を築いている。二人で図書館で勉強している姿を見た生徒がいた≫


≪吉田くん、頑張れー、ファイトだー。わたしはここで応援してるぞー≫


≪応援以外の事もしてくれ≫


≪コマドリは何か収穫はあったか?≫


≪ノーコメント≫


≪本日―、三回目のノーコメントでございます≫


≪キセキレイはあるか?≫


≪今、ゲームのイベント中なの。教室から出てない≫


≪休み時間は有効に使え。一度はトイレに行っておくべきだぞ≫


≪わたしは休み時間ごとにトイレに行くような用事はないの≫

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