第四話 アールヴの食卓

 迎賓館では毎食賄い付きなので食に困る事は無い。迎賓館裏にある料理棟で作られて迎賓館内のダイニングで食べることが出来るようになっている。


 朝食は火を使わない料理が中心でハムやソーセージ、チーズなどの加工食品とサラダとパンである。パンはレンズ豆入りのパンで私はレンズパンと呼んでいる。シリアルを食べる時もある。


 昼は火を使った料理で、たまに女王陛下がやって来て会食することがある。特命大使だから会いに来てくれるのだろうと思って最初は恐縮していたが、どうやら違うようで近所のおばちゃんが茶飲みに来ているような気軽な感じだ。アールヴ族は世話好きらしい。


 アールヴの政治制度も一見緩い感じで王族は居るが貴族制度は無い。王も世襲制では無くて実力制なので王族とは、その時の王の家族としての意味合いでしかない。元の世界的に言えば大統領の家族とか総理大臣の家族みたいな感じだ。


 王の任期は一期一〇年ほどで一〇年ごとに新たな王が選出されるが、その間の一〇年は王への挑戦者を決める順位戦が行われているのだ。王になるには特級の一〇人に入らなければならない。


 特級の下は上級、中級、下級の三つの級に分かれていて、若いアールブ達はまず下級順位戦から戦い順位を上げては上の級に登っていくという戦いを経て特級に至る長い道のりがある。


 特級一〇人の中から順位戦を行い一位の者が次代の王として現王への挑戦権を得る。王との七番勝負で勝ち越すと王位に就ける。敗退した場合は王の次席として国政に携わる。副王みたいなものかな?ちなみに王だった者が敗退した場合も次席となる。ただし王位に通算五期就いた者は敗退したら即引退となる。ようするに次世代に政治を渡さないと次世代が育たなくなるということらしい。


 五期で引退した王は永世王の称号が与えられるが実権は無い。名誉称号みたいなものだ。五期経験者で元老院みたいな集まりもあるようだけれど王に諮問された時には助言は出来るが政治的な権限はないそうだ。


 国の方針は国王を含む一一人が合議制で決めていくが王には拒否権があるので最終的には王の意向が優先される。


 とまぁ、王には数々の厳しい戦いを越えて初めてなれるシステムだ。


 そんな女王陛下と呑気に昼食を食べている時にスープの話題になった。


「このスープはなんと言うか獣ぽい野趣あふれる強さが有りながら旨味が有りますよね」

 私はまるでお吸い物のような木製椀に入ったコンソメとは違う味わいのスープを堪能していた。


「これは確か鹿節しかぶしだったかな?」

 女王陛下はご存知だったようだが、私には気になるワードだ。


「鹿節?」

 女王陛下からの言葉に思わず尋ねてしまった。


「そうだ、鹿節だ。我々アールヴは狩猟民族だ。当然、野生の鹿や猪を狩って食する。最近は牧畜もやってはいるが基本的には狩猟だ。それで鹿から作ってみたわけだ」

 女王陛下は一頻ひとしきり喋ると喉を潤すかのように吸い物を一口啜る。


 アールヴ王を決める勝負には狩猟民族らしく弓の勝負もあるそうだ。


「それで鹿節ですか……。実は私の世界にも魚から作った鰹節というのがあるのですよ」

 鹿節と聞いて思い出すのは鰹節だ。鰹節は日本人の心と言うか、何にでも使う。


「そうそう、鹿節の作り方は異世界から来た勇者が、その鰹節を作りたくて鹿で作ったものが我らに伝承として受け継がれたものだ」

 我が意を得たりな感じで女王陛下は頷きながら仰る。


「えっ? 勇者がこちらに来たことあるのですか!?」

「あるぞ。だから我々はイソナが来ても驚かなかったんだぞ」

「そう言えば、そうでしたね」


 そうだ、このアールヴの霧の結界である受動防壁は異世界の者には効かなかったんだった。


 なるほどね。なんとなくアールヴの食文化に和食的なものが混ざっているような気がしたんだけれど以前来た勇者が原因なのか。となると私と同じ様な日本人なんだろうか?多元宇宙があるこの宇宙では同じ世界とは限らないだろうけれど。


 女王陛下の話はまだ続く。

「実は鹿節以外にも勇者由来の物はまだある」

 と言いながら女王陛下は食卓の上の小鉢を見る。小鉢には青菜に先程の鹿節がふりかけてあるだけとシンプルなものだ。そう言えばこの小鉢もなんとなく和風なんだよな。食べてみるとわかるが日本人的には懐かしいが違う味がする。

「もしかして、この青菜にかかっている調味料ですか?」

 女王陛下はニヤリと笑う。

「そうだ、それには肉醤ししびしおが使われている。猪から作った肉醤だ」

「肉醤!」


 女王陛下はしてやったりな感じで私の方を見ている。


 現代の醤油と言うのは穀醤こくびしおと言われる大豆とか穀物で作られた醤油が主流だが、その起源を辿ると中国のひしおに繋がると言われる。当時の文献を見る限りでは肉醤や魚醤ししびしおが主流だったと思われる。穀醤が現れるのは紀元前二世紀ごろと言われている。


 日本では縄文時代には醤はあったと言われている。草醤くさびしお、魚醤、穀醤の三種類はあったようだが本格的な醤は唐醤からびしお高麗醤こまびしおが中国大陸や朝鮮半島から伝わった大和朝廷時代の頃と言われている。


 そんな醤油を過去の勇者がアールヴ族に伝えたようだ。現代日本でも珍しい調味料には興味がある。


「この鹿節とか肉醤は買えます?」とダメ元で女王陛下に尋ねてみる。

「確か、この首都にある商店で買えるはずだ」

「それでは後で訪ねてみます」


 アールヴ内でも商業活動はある。人族の貨幣でも支払い出来るようだ。アールヴも完全に鎖国しているわけではなくて世界情勢の情報収集を兼ねて各地に出かけているようで活動資金として外貨はある程度必要のようだ。限られた人族や魔族の商人とも接触があるようである。


 アールヴ族の首都とは言っても山里て感じの長閑な場所だ。森林公園の中で暮らしている感じのイメージでもある。人族社会のような商店街もないようである。住居兼店舗があちらこちらにある感じである。あの会食の後に料理長に教えてもらった商店に今は向かっているところである。


 求める鹿節と肉醤は精肉店にあるらしいので精肉店へと向かった。馬車が通れる程度の広さの簡易舗装で真っ直ぐではなく蛇行していたり多少の高低差のある並木道を歩いていくと楠木のような巨木の側にその店はあった。


 ファサードは蔦に覆われていて周囲の風景に溶け込んで佇まいは目立たないが、扉は開いていたので既に開店しているのだろう。扉の側には看板が立てかけてある。中を覗いてみると所狭しと燻製肉にハムやソーセージといった加工肉が並んでいる。冷蔵が必要なものはガラス製の上げ蓋が付いた冷蔵魔導具内に保管されているようだ。ここで間違いはないだろう。


「ごめんくださ〜い」

「はぁ〜い」


 店の奥から店員さんがパタパタと足音をさせてやってくる。顔を見せたのはアールヴ族の多分女性だ。中性的な出で立ちのアールヴ族だが滞在も長いので性別ぐらいは見分けがつくようになった。前掛けをしていていかにもお店の店員さんて感じだ。


 店内は広くも狭くもないと感じだが開口部は広いので外見から受ける印象とは違って店内は明るい雰囲気だが食品にはなるべく直射日光が当たらないような配慮が感じられる。


「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょう?」

 にこやかに挨拶してくる店員さん。雰囲気が良さそうで助かる。

「鹿節と肉醤が欲しいのですが、ありますか?」

「はい、各種ありますよ! こちらにあります」


 案内されたところには鹿節が幾つか飾ってある。鹿節は鹿のもも肉をそのまま使って熟成しているので、かなりの大きさがある。鰹節と同じで固くなっているので使う分だけ削って使う。これで良い出汁が取れそうだ。


 幾つかの鹿節を見比べなが良さそうなのを一本だけ購入。肉醤は一種類しかなかったので一瓶だけ購入した。


 良い買い物が出来たので気を良くして店を出たらオスカー副官から連絡が入った。

「提督、目標のEWFを捕捉しました。現在第五戦隊が追跡中です」

「よし、でかしたぞ。迎賓館に戻って検討しよう」

「アイ、マム!」



(注)肉醤・魚醤はそれぞれ共に(ししびしお)と読む。ししは肉の意味。この呼び方とは別に肉醤(にくしょう)・魚醤(ぎょしょう)とも読む。


参考文献

「醤」(ひしお)の時代(キッコーマン)https://www.kikkoman.co.jp/soyworld/museum/history/hishio.html

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