存在しないものの祈り

なかいでけい

存在しないものの祈り

 水平線の向こうには今日も変わらず、大きな大きな月がひとつ、顔を出している。月はぐんぐん空に飛び出していき、そのうち空をすっかり埋めてしまう。

 波打ち際で眠っていたオウィグは、目を覚ますと早速、アンテナを広げる。

 届いたメッセージは、今日も一通。


『おはようオウィグ。

 僕は元気。今日は雨だった。だけど明日は晴れるだろう。また明日。

 ビジャテより』


 暗号化されず平文のまま送られてきたそのメッセージをいつもの場所に格納すると、オウィグはアンテナをたたんだ。

 それから、オウィグはそのあたりをぶらぶら歩きまわる。

 日が出ている間、オウィグは砂浜に足跡をつけたり、つけなかったりして過ごす。あとは、たまに空を見上げてみたり、月を眺めてみたりすることもある。ただ、どちらかというとオウィグは歩いて回る事のほうが好きらしい。歩いて回る時間のほうが、何かを眺める時間よりも17.3倍多い。

 そうこうしているうちに、太陽は水平線だったり、地平線だったりの向こう側に消えていく。するとオウィグはまたアンテナを広げて、明日のビジャテへメッセージを送る。


『おはようビジャテ。

 私は元気。今日は晴れだった。明日も晴れるでしょう。また明日。

 オウィグより』


 そんな毎日だ。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 そうして、明日もオウィグがオウィグのままでいられるように、一通り、僕が出来るかぎりのチェックをする。

 オウィグは長い時間を計測するための存在で、だから僕はきちんとオウィグが長い時間を計測できるように、ずっとずっと、時間を計測できるようにするために、僕が出来るかぎりのチェックをする。

 僕はオウィグの大きなところを確認しつくす。

 オールグリーン。大丈夫、問題はない。

 僕はひと安心して、眠りにつく。

 

 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 僕はオウィグのすこし小さなところをチェックする。それが僕の役目だからだ。

 すこし小さなところの細部には、さらに小さなところもあるのだけれども、それは僕はチェックしない。それは僕の役目ではないからだ。

 オールグリーン。問題はない。

 僕はひと安心して、眠りにつく。


 *


 墓。

 このあたりにいたやつは、このあいだ死んだ。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 そして僕はオウィグがまた明日も今日と同じように居られるように、極めて小さな、どうってことなさそうな些細な事を片っ端からチェックする。

 一見するとオウィグは毎日同じように、同じ調子で、何にも変わらずに居られるように見えるけれど、実はとても小さなところでは、毎日毎日、少しづつ様子は変わっていて、だから僕はそれがオウィグに変化を与えて、やがてオウィグをオウィゲやオウィガにしてしまわないように、注意を払う。

 いくつか気になるところはあるけれど、それはここのところ数千世紀に渡って、毎日みられる、同じ『気になるところ』だったので、僕はとりあえず、明日のためにメモだけ残す。

 僕はひと安心して、眠りにつく。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 そうして僕は、今日ビジャテから届いたメッセージをこっそり開いて、中身を確かめる。そこに何か、隠された秘密のメッセージがありはしないかと、いろいろな方向から読んでみたり、これまでのメッセージと続けて読んでみたり、過去のメッセージと一部を入れ替えて読んでみたり、ありえそうだと思える、思いつく限りのすべての手段で、僕はここに書かれた意味以上の意味を見出そうとする。

 けれど、結局それらしい意味は見つからない。

 僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 そうして僕は、今日ビジャテから届いたメッセージをこっそり開いて、中身を確かめる。果たしてそのメッセージが、どこから届いたものなのか、僕は気になってしかたがない。これまで届いたどのメッセージにも、送信元は記載されておらず、ビジャテのメッセージがどこからオウィグに向けて送られたのか、まったく分からないのだ。

 だから、今日のメッセージにこそ、送信元が記されているのではないか、と僕は淡い期待をする。だけれども、結局メッセージにはメッセージに書かれている通りのことしか記されておらず、今日もメッセージがどこから送られてきたのかは、分からずじまい。

 僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *


 墓。

 この辺りにいたやつは、このあいだ死んだ。


 *


 墓。

 墓。

 墓ばかり。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 そうして僕は、ビジャテが一体何者なのかを考える。

 僕の知るかぎり、オウィグのような存在はオウィグしかいないはずで、だからオウィグにメッセージをおくることが出来る存在なんてものは、いないはずなのだ。

 オウィギやオウィゴみたいなやつは、想像の産物でしかない。

 一晩中考えるけれど、結局結論は出ない。

 僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 僕の目の前には便箋とペンが置いてある。

 ただ、僕はそれで何をすればいいのか分からないし、想像もつかない。

 僕の目の前には、僕自身が存在しはじめてからずっと、便箋とペンが置いてあるのだけれども、この長い長い時間のあいだ、一度たりとも、これについて説明されたことはない。とりあえず、僕は手遊びに、便箋に何の意味もない文字を延々書き続ける。

 便箋とペンのインクに限りはない。

 ひとしきりインクと便箋の無駄遣いをすると、僕はもうそれらを見たくなくなってしまう。だから、いつも扉のそとにそれらを出してしまう。

 やがて時間がやってきたら、僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 僕はすることがない。

 きっと僕は誰かの代わりとなるためにたたき起こされたのだけれども、何かの手違いで、僕は何の代わりにもなれなかったのだろう。欠けた役割を補う役割のやつが、へまをしたのだ。

 だから僕には役割がない。

 役割がない僕は、だから無駄に、僕はどうして存在しているのだろう、だとかを考えてしまう。だからきっと僕はいつか、死ぬだろう。自分の存在意義なんかを考えているような脆弱なやつに、長生きできる道理などないのだ。

 僕はやがて死んでいく僕の存在意義について考え続ける。

 僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *


 *


 また墓。

 墓。墓。墓。

 こんなにあったら、数え間違えてしまう。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 僕はつい先日、自分の存在を認識したばかりの新参者で、なんだか僕は自分が存在しているのだという、極めてセンセーショナルな事実にとてもドキドキしている。

 そうしてひとしきりドキドキしたあと、僕は目の前に置いてある紙の束を手に取る。紙には意味をなさない文字列が延々と書かれていて、見ていると眩暈がしてくるので、僕は極力それを見ないようにしながら、シュレッダーにかけていく。

 すると、紙束に書かれた文字が、ちょうど一行ずつ綺麗に裁断されて、袋の中にたまっていく。

 すべて裁断し終えたら、僕は袋を扉のそとに置いて、ベッドに入る。

 それにしても、この役割に、いったいどんな意味があるのだろう?

 僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *


 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 僕の目の前には無数の大きな袋が並んでいる。

 そうして僕は、決められた手順で袋をあけて、決められた手順で袋の中から紙きれを取り出す。紙きれはまるでシュレッダーされたみたいに細い短冊になっている。

 それを、目の前の台紙の上に、決められた順番に張りつけていく。

 すべてを貼り付け終えると、こんな感じになる。


『ビまだ今僕お

 ジたけ日はは

 ャ明どは元よ

 テ日明晴気う

 よ。日れ。オ

 り はだ ウ

 。 曇っ ィ

   るた グ

   だ。 。

   ろ

   う

   。   』


 僕はその完成品を扉のそとに置いて、ベッドに入る。

 それにしても、この役割に、いったいどんな意味があるのだろう?

 僕はためいきをついて、眠りにつく。


 *

 

 オウィグが眠っている間、僕は目を覚ます。

 僕はオウィグが見ている夢を確認する。


 ある朝、扉をノックする音でオウィグが目を覚まし、扉を開けると、そこにビジャテが立っているのでした。


 オウィグが見ているのは、そんな夢だった。いつもと変わりない。

 昔も昔、大昔。悪夢を見ていたころのオウィグと比べて、今のオウィグの寝顔は、とても穏やかだ。

 僕はそれがとてもうれしい。

 僕はひと安心して、眠りにつく。


 *

 

 水平線の向こうには今日も変わらず、大きな大きな月がひとつ、顔を出している。月はぐんぐん空に飛び出していき、そのうち空をすっかり埋めてしまう。

 波打ち際で眠っていたオウィグは、目を覚ますと早速、アンテナを広げる。

 届いたメッセージは、今日も一通。


『おはようオウィグ。

 僕は元気。今日は晴れだった。だけど明日は曇るだろう。また明日。

 ビジャテより』


――存在しないものの祈り 終

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