ねむるまち
あきカン
第1話
扉を開けると愕然とする。私は散乱した靴を踏み越え居間に腰を下ろした。
すぐに汗まみれの服を脱ぎ、床に散らばった大量の部屋着からよれたTシャツと短パンを適当に引っ張り上げ、下着だけはタンスの中からきちんと畳まれたものを取り出して風呂場に向かう。
適当にシャワーを浴びると、首にタオルをかけながら台所に向かった。そこから持ってきたビールを片手に、ソファーの下で深夜のテレビを見る。でも、面白いものを見ている気には全然なれない。
だから私はすぐにテレビを消して、目線の少し下。ちゃぶ台みたいな机の上に無造作に置かれた箱の中から煙草を一本取り出した。蒼く閉じられた空間に橙色の光がぽっと灯る。
煙草の煙が部屋に籠って、私はゴホゴホと咳をした。窓が閉まっていて、換気扇も回っていなかった。
なにやってんだろ、私……。
換気扇をつけるのも煩わしく、窓を開けた私は煙の無くなった空間でふーっと天井に向け、やけくそみたいに煙を飛ばす。
やがて煙草を灰皿に捨てると、変な虚無感が私を包み込んだ。周りの洗濯物は、全部が死んでいるみたいに項垂れて動かない。当たり前なのに、それがすごく怖い。
夢の中にいるみたいに感じる。外から吹く熱風がいやで、私は窓を閉めて弱めに冷房をつけた。
風が前髪を揺らすと、昔のことを思い出した。あれはここに引っ越してきて初めての夏のことだった。もう三年以上前のこと。
あの時に比べたら、今は仕事にも慣れてこの町にも住み慣れた。行き付けの居酒屋もでき始めた。
でもなぜか、失った気がする。
私は今もそれを探している。ずっと、形も何も分からないものを。
都会に住みたいと思って、一大決心して上京した。大学も、東京の大学ならなんでもよかった。とにかく
でも、都会は思っていた場所とは違っていた。人は多い、多すぎるくらいに。でも、きらびやかな場所は、テレビで見たことのある場所だけ。此処の周りにはなにもなかった。景色が違うだけで、漂う空気は人のいない故郷のそれと何も変わらない。
あの時抱いていた都会への憧れは、住んでいる今になってすっかり無くなってしまった。全く、何の気持ちも湧かない。
来てよかったとも、なにも思わない。
私は床に横になった。
疲れた。だから眠ろう、眠ってしまおう。そうすれば、この気持ちもきっと収まってくれる。
私は眼を瞑った。
人はいるのに、私の住む町はまるで眠っているみたいに静かだ。
閉じた瞼の先がぴかっと光り、私は起き上がった。
遠くで花火が上がっていた。いろんな色に色づくきれいな花火だ。
私はあの夏もこれを見た。今みたいに無感情に眺めている私じゃなく、初めてみる花火にわあっと心踊らせていた私だ。
私が失ったものは、そんな純粋さなのかもしれない。憧れていたものは結局憧れることしかできないもので、実際にはそんなものはないと知ってしまった。
だから『そんなものか』と諦めてしまった。
すると初めて見る景色までもが、そんなものになってしまった。
大好きなドラマで見たことのある場所に行っても、なにも思わなくなってしまった。
そんな私が私は嫌だ。
こんな酒や煙草に逃げてしまった私が嫌だ。
花火はそんな気持ちを私に与えてくれた。
どこかもう変われないものだと決めてつけていた。まだまだやれる、私がやろうとさえ思えれば。
だからまずは煙草をやめよう。お酒もほどほどにしよう。そうしてもっと、もっと大好きになれる私になろう。
そうすれば、毎日が楽しくなるかもしれないから。
こんな寂しい夜を、一人で過ごさなくなるかもしれないから。
眠っている時、知らない間に泣いていて、朝になってそのことに気づいて悲しくなってしまう自分ともさよならできるかもしれないから。
そしていつか、ここに来れてよかったって思える自分になろう。
あの時抱いた憧れは間違っていなかったと、昔の私に胸を張って言えるように。
ねむるまち あきカン @sasurainootome
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