世界詩箱2

戸 琴子

正方奇跡

正方奇跡とは立派な正方形のこと

完ぺきでうつくしい天才のかげ

まっしろい等質な線と面

知性の具現

ある夕方に、空にほうっと浮かぶもの

頭のうえに、まばらにばらばら浮かぶもの

桜の樹に埋まっていて

春になるといのちを伝播し

はるけきあかるい世のなかと

あるいはくらい地下の空間を

しらけた顔で通りすぐ

何も知らないふりをして、

意識を吸い吸い通りすぐ

夏になると海からあがり

青いかげを黒々と落として

視界の隙間をぬぐっては

耳のうらにかくれては

時間をしのいで通りすぐ

心をさしこむ針の秋もまた

枯れ葉のしたに身をひそめ

淡々と機をのぞいている

秋色侘しい風のかげから

夢によせられ通りすぐ


正方奇跡は聞こえてくる

目をとおして

ことばをとおして

そのしたにある

むげんの地面にひろがっている

みたことのない世界のなかから

どれかなにかの普遍な幸せを

確かになにかを付与している

冬にも又

寄り添うさむがりな我々の

胸の心地を通りすぐ

雪のしたさえ嬉々として

音もたてずに通りすぐ


正方奇跡は立派で恐ろしく

掴み所のないどこかの裏側で

我々にとって美しく感じる

世界のなかに息をひそむ

ああ 恐ろしい

ああ 悩ましい

正方奇跡をみつけた旅人は

そっと目をとじてしまうらしい

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