白髪
弐ノ舞
白髪
昨夜オレは死んだ。突然心臓マヒを起こして、息ができなくて死ぬほど苦しいと思ったらあっさりと楽になった。享年四十三歳、まだまだこれからも楽しい人生が続くはずだった。沙紀よ、先に逝ってごめんな。
その後オレは魂が浄化されることなく、下界をさまよった。といっても自分の肉体の枕元に座っただけだ。だれが自分に会いに来るのか、これから自分がどうなるのか気になったからだ。
まず最初にオレの訃報を聞いて飛んできたのは妻の沙紀だった。大学のころから付き合い始めて結婚までしたが、彼女はいつまでも変わることなくオレを愛してくれた。オレも変わらず好きだったが、今となってはもう伝える手段がない。そんなに泣くな、スルメになっちゃうだろ。いつもみたいに笑ってくれ、沙紀が泣くときはうれし泣きをするときだけで十分だ。
その次に、娘の葉月と息子の要、そしてお袋、親父が来てくれた。まだまだ働いて、金を稼いで、楽な暮らしをさせてやらないといけなかったのにな。葉月、お前と一緒に結婚式のバージンロードを腕を組んで歩きたかった。要、お前は自由にやりなさい。必ずお前は成功する。なんてったってオレの子だからな。お袋と親父にも申し訳ない。親より先に死ぬのは親不孝だ、ってことは知ってたけど心臓マヒは仕方ないだろう。
それからもいろいろな人が来てくれた。そのおかげで久々に顔を見れた人もいたから、ある意味死んでもよかったんじゃないかとも思うけど不謹慎すぎるだろうか。何よりこんなにも人が来てくれることが、オレにはうれしかった。自分本位で生きてきたといっても過言でないと思っていたから、線香の煙が途切れないというのには少なからず感動した。
こんな調子で日々が過ぎ、いよいよ肉体が燃やされる時が来た。改めて自分の体を見ると、案外頼りがいのある体でびっくりした。学生の頃は自分が頼りなかったから背中を丸めて歩いてたけど、いつからか胸を張って歩けるようになっていた。きっと沙紀に出会ってからオレは変わったのだろう。沙紀のおかげでより頼りがいのある男になったのかもしれない。やっぱり沙紀には感謝しかない。
しかし一つだけ問題があった。いざ燃やされるとなると寂しいのだ。人は独りで生まれる。だから死ぬ時も一人でいいなんて、そんなのは屁理屈だ。死んだことがないからそんな適当なことが言えるんだ。いざ死ぬと、これからどうなるのかわからなくて、不安で仕方なくて何かにすがりたくなる。
焼かれる直前、沙紀がオレの抜け殻のわきに何かを置いてくれた。涙で化粧が崩れ、ぐちゃぐちゃになった顔を見るとなんて間抜けなんだろうって思った。オレは置いてくれたものそっちのけにして腹を抱えて笑った。最後の別れだと思って涙が止まらなくなったんだろ?そんなことわかってるよ。オレも鏡を見たら、同じように涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔が映るはずだからな。
かが握られているのに気が付いた。掌の中あったのは、丁寧に束ねられた沙紀の髪だった。昔は、カラスの濡れ羽色のようなきれいな黒髪だったのにな。こんなに白髪交じりになって、たくさん苦労させちまった。来世ではこんなに苦労させないから、またオレと一緒にいてほしいな。この髪があれば、沙紀がいない時間だって寂しくないや。
白髪 弐ノ舞 @KuMagawa3
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