不器用な君の優しさに感謝を

浦和 りえ

不器用な君の優しさに感謝を


「38度6分。」


 体温計に表示された小さな数字を読み上げる。

 上京して3ヶ月。やっと生活に慣れてきたと思ったら、風邪をひいてしまうなんて。改めて一人暮らしの不便さと寂しさを実感する。

 買い物に行く元気もないし、今日はもう温かくして寝ようとベッドに潜りこんだ直後、ピーンポーンとインターホンが鳴り響いた。


「もう、こんなときに誰よ。」


 重たい体を起こしてドアモニターを見に行くと、そこには見慣れたバイト先の先輩が映し出されている。


「何か用ですか?」

『あ、ちょっと渡したいものがあって。』


 通話ボタンを押して話しかけると、彼の機械を通した声が聞こえてきた。


 渡したいもの?

 こんなときにタイミング悪いなー、なんて思いながら慌てて上着とマスクをつけて玄関へと向かう。

 やっぱり玄関前は少し寒い。


 ドアを少しだけ開けて先輩の姿を見ると、なんだか沈んでいた気持ちが少しだけ軽くなった気がした。


「夜遅くにごめんねー。」

「…こんばんは。渡したいものってなんですか。」

「うん、これ。」


 先輩はドアの隙間からでも見えるように、右手に持ったコンビニの袋を持ち上げた。

 ドアをもう少し開けて袋を受け取る。袋は思ったよりも重たくて、受け取った手が少し沈んでしまった。


 袋の中を見てみると、そこには私が求めていたスポーツドリンクと栄養ドリンク。さらにレトルトのおかゆや、おでこに貼る冷却シートが入っていた。


「…どうしてこれを?」

「風邪ひいたって見たからさ。買いに行くのも大変かなーと思って、持ってきてみた!」


 そういえば、少し前に体調悪いってSNSに呟いたっけ。もしかしてそれを見ただけでここまでしてくれたこと? …なんて私が驚いていると、先輩は少し不安そうな顔になった。


「やっぱり、迷惑だった?」


 確かに、迷惑ではある。熱があるときって玄関に出るだけでもしんどいし、スッピンだし髪もボサボサだし服も部屋着だし…。急に家に来られることほどはた迷惑なことはない。

 だけど、彼はたった数文字の呟きを見て駆けつけてくれたわけで。今この手の中にあるものは私が喉から手が出るほど欲しかったものなわけで。


「正直に言うと迷惑ではあります。だけど…とても、助かりました。ありがとうございます。…あ、お金返しますね。」


 そう言って部屋に戻ろうとする私を、彼は制止する。「こんなときぐらい先輩に甘えなよ。」なんて言われても申し訳ない。少し迷ったけれど、「じゃあ、甘えさせていただきます。」と返事をしたら、彼は安堵の表情を浮かべた。

 なんだか今日の先輩は優しすぎて胸がムズムズする。


「…それじゃあ、そろそろ行くね。お大事に。」


 そう言って先輩がドアから離れると、スッと寂しさが押し寄せてきた。その気持ちを誤魔化すように、去って行く背中へ「今度は連絡してから来てくださいね!」と呼びかけると、彼は後ろ手を振って応えてくれた。

 その姿を確認して、私はゆっくりとドアを閉めた。


 顔が熱いのはきっと、熱のせい。


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