ユウガオ

日比谷響

短編

 あの時にちゃんとしておけば...


 どんな形であれ、きっと一度は「過去」に縋りつく。

 戻りたい、変えたい...様々な理由で。

 そんな思いを,はどんな思いで見届けるのだろうか。


 ~~~~~~~~~~


「おはよう、少年」

 呼びかけられて、布団から体を起こす。畳一畳ほどの狭い部屋にいるらしい。周りの壁に貼られているのは、自分が店にいるときの写真。

「喋れないじゃろ、そりゃそうじゃ。喋れなくしておるからのぉ」

 目の前にいる、ひげを生やした和服のじいさんが言う。発言権がなくなったらしい。

「単刀直入に言う。お主は死んだ。そしてわしは神じゃ。ここはお主の人生最後の試験会場じゃ。」

 まぁ大体は理解できた。試験会場はよくわからんが、あわよくば異世界転生できるかもしれん。

「なんで死んだのにここにおるのか、その理由は二つ」

「一つは可哀そうだったから」

 こっちはジャブだろうな。もう一個が本命...何だ。

「もう一つは、お主の

 瞬間、自分の中に電流のようなが走ったのを感じた。

 うっ... 胸がひどく締め付けられる。それは死んだときの恐怖や畏怖などとは程遠く、それらよりも何倍も強い。

「お主は生前、というか死ぬ2,3年前に万引きをした。間違いないな?」

 首を縦に振る。周囲の写真は、犯行時の写真だと気づく。

「その罪が店にばれて、お主はすべての罪を泣きながら吐いた。学校でも事情聴取、当然の報いじゃ。」

 過去の、人生最大の過ちを突き付けられる。苦しい、逃げ出したい。でも逃げたところで。

「じゃが、お主の辛い人生はここからじゃろ?」

 そうだ。その通りだ。人生の全てにおいて抱く「罪悪感」「劣等感」。それらは罪人でなければ感じられない。

「そこで、じゃ。」

「お主の罪に対するを聞こうと思う。」

 はぁ、なるほど。

 声は出ないが、心の中でそうつぶやく。

「罪人には2パターンいる。悪人と善人じゃ」

「悪人が罪に手を染めてしまうと、捕まったところでまた罪を犯す。悪人に残るのは心の拠り所なんじゃ」

「じゃが、善人には」

 間が空いて、真剣な眼差しを向けられていることに気づく。罪悪感と後悔で押しつぶされそうになっていた体に、またが流れ、背筋が伸びる。

が、へばりついて離れないんじゃ。」

 その瞬間。何かを考える間もなく、その神様を見上げた。

 心に染みついた「それ」は、重く苦しくまとわりつく。

 間違いなく、欲していたのだ。「許し」を。

「もう喋れるじゃろう。さぁ、吐け。思うままに、吐き出せ。じゃ。」

 口が開き、こぼれ出る。

「く...るじかっだ。苦しかった...!」

 涙と言葉が混ざり合い、紡がれる。それを神様は、ただ見つめる。

「なんであんなことしたんだって...問い詰めたかった!ふざけんなって、ぶっ飛ばしたかった!!でもどうしようもできない。助けも許しも来ないって知ってた。でも!...」

「もういい。」

「......!」

 また、言葉が出なくなっていた。

「人生をやり直す、なんて出来ん。」

 分かってる。頷きながらそう思う。

「だが。死後の世界なら、できると思わんか?」

 ...頷く。

 死後の世界。普通なら恐怖の対象であろうが、今なら楽園に見える。

「...行くか?」

 ......頷く。

「行け。合格じゃ。」

 顔を上げ、神様の顔を見ようと、いや、する。

 刹那。視界から色が消え、真っ白に染まる。


 ~~~~~~~~~~


 目覚めたとき、そこは荒れ果てた大地だった。

 そんな中で。

 踏み出した。

 荒れ果てた大地へと、踏み出した。

 その心には「罪悪感」と「後悔」と共に、「反省」を連れて。

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ユウガオ 日比谷響 @hibiya_hibiki

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